大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

最終決戦④

「た、太照天っ!!」
少し上擦ったひかりの声とともに、四色の淡い光が場を満たしていく。
血腥さと肉肉しさが溢れかえったようなこの場では、何度も見たはずの色をうまく認識することができない。ちかちかと明滅するそれらと、息子が術を唱える音に身を任せながら、ただ手の中の弓を握り込む。落ち着け、落ち着け、と頭の中で繰り返し、短く息を吸って腹に力を込めた。

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最終決戦③

右、後方、左右、左、後方、目の前。
赤毛の姿が見えないまま、こちらを嘲る声だけが響き回る。
眼球だけを動かして回りを見る。武器を手放している者はいない。びりびりとした空気、全員が当たり前に臨戦態勢で、自然と四人、背合わせになりながら気配を探る。
血泥になって跡形もなく消えたはず。なら、今この声はどこから聞こえ、声の主である赤毛はどこにいるのか。
いいさ、どこからでもかかってこい、と思いながら、矢筒に手を伸ばす。
けれど。
直後。
攻撃を受けたのはわたしたちではなかった。

****


胃を引っ掻き回されるような悪臭。

尊厳はもう零にまで堕とされていると、そう思っていた。先ほどまで普通に話していた人物の腹が膨れ、太く鋭い爪が生える。腕が、足が、肌ではなく木の皮のようなものへ変じ、見る間に人の姿でなくなっていく。みちみちと何かが裂けるような音。ぶちぶちと何かが引きちぎれるような音。その隙間に、甘えた猫のような、どろどろに溶けた声が挟まる。
「そのあとでまた、優しく抱いてくれよ、母さん……」
また、というその言葉。せぐり上げてくるような吐き気をこらえながら、それでも眼前の光景を見る。鼻の奥が痛いのに、視界はぼやけてもくれない。
目をそらすな、と脳の奥で叫んでいるのは誰なのだろうか。
「ボクのこと、愛してるって言ってくれよォ……」
異形に変わってしまった祖が、終わらせろとそう告げてくる。
突き出た腹。体の大きさに対して不均衡なほど細い腕。祖の背と一体化するように、顔が、赤毛の顔が覗いている。
腕と足以外、どこが何の器官なのかはわからない。けれど体の中央部分、祖のはだけた胸元は植物の根に絡みつかれているようで、腹とも腕とも違う色のそれが、まるで人の手のように祖を抱えこんでいる。
ああ、そうか。
不意に合点がいった。あの男は、背にしがみついているのだ。ならば、あれは母親の背にしがみついて離れない赤子ではないか。
ぎり、と弓を握る。
湧いてくるのは怒りなのかそれとも違う感情なのか、わからないまま矢を番えなおした。退路など、もともとない。やるべきことは同じなのだ、と自分に言い聞かせる。
けれど。
「どうしたの、ほら、弱点はここよぉ、遠慮なくぐちゃぐちゃにしてぇ」
あははははははと笑う赤毛は、楽しそうなことこの上ない。
今すぐに射殺してやりたい、けれど、ぐいと爪で持ち上げられたそのひとが、生きているかどうかが見えなかった。目は閉じられ、顔に生気はなく、今は声も聞こえない。けれど目を凝らした瞬間、誰かの悲鳴が耳の奥に蘇り、乱雑にばら撒かれた幻灯のように、雑多な記憶が脳内で渦を巻いた。ああ、まただ。これは誰の記憶なのだろう。痛みはなく、ただばちばちと目の前の景色に違うものが重なる。この怒りを、恨みを飲み下すことができるのだろうか。今はただ、終わらせるのが正しいとわかっている。けれど、それなのに。
「ああ、あぁああ」
文字通り、口から声が漏れた。手が、指が、震えているのだ。哄笑は止まない。「そこ」に向けて矢を放つことへの逡巡を、確実に見抜かれている。記憶の波は止まらない。弓を引き絞る。けれど、力が。
「母さん!!!」
笑い声だけだった場を、制すような大きな声が、じんと鼓膜を震わせた。ぶれた視界が急速に、鮮明に塗り替えられていく。ひかり。漏れた声そのままに、自分の、息子の、名前を呼んだ。気付かず暴れていた呼吸の調子が、ゆっくりと戻ってくる。
脳をかき混ぜられるような、腹立たしい笑い声の雨の中、それでも自分の「家族」がそばにいるという事実。それが、折れそうになる心の中で芯になっていく。文太は拳を構え、六兵衛は静かに相手を睨んでいるだろう。自分を呼んでくれた息子は、泣きそうな顔をしているかもしれない。
息を吸い、吐いた。大丈夫だ、見ずともわかる。
震えている場合ではない。指示を出さねばと、白くなった頭を何とかして動かす。
唇を舌で湿らせ、口を開こうとした、その時。

じくり、と。
右手薬指が、強く痛んだ。

咄嗟に矢を摘んだ手が緩み、そのまま床へ落ちてしまった。しまった、と拾い上げようとしたとき、ぐわり、と何か大きなものが、体の中に降りてくるような感覚に襲われる。混乱する間もなく、頼む、一太刀。低く、唸るような声が耳の奥で響く。何を、と思った次の瞬間には、体は動いていた。
「っ、楽紗!?」
「おいっ……!」
六兵衛の、文太の悲鳴めいた声が後ろから聞こえて、ようやく自分が駆け出していることに気付いた。けれど、自分の体は止まらない。装束の隙間に手が伸びる。雑に挿している懐剣は、行手を阻む草を伐ったり鬼を解体するために使うものだ。たかだかそれだけのものを、わたしはどうして鞘から抜いているのだろう。
「お輪っ!」
異形の名前を呼ぶその声は、自分の喉を震わせて発された。けれど、それすら後追いで気付くような、不可思議な感覚。自分の行動を止めたいのに止められず、眼前には赤毛の楽しそうに歪んだ顔、空気が動く音がするほど、大きく振りかぶられる爪を、無理矢理身を捩って躱し、下げた左足で地面を蹴り上げて懐へ潜り込む。躱しきれなかった爪の先が顔に触れ、ぴ、と頬が切れる音がする。体が動くままに、腕をぶんと振った。
自分の中に存在しないはずの剣技が、祖の首筋を、的確に、裂いた。
一瞬、異形の体が傾ぐ。けれど笑い声は止まらない。きっと、さしたる傷も受けていないのだろう。
自分の身に何が起きたのか把握もままならないまま、ただ体が動くままに、弓を放てる場所まで後退する。そこまで来てようやく、自分の体が自分に戻ってきた。
考えるのは、後だ。
「……ブン、六兵衛、いつものを頼む!」
顔を見ないまま指示を飛ばす。一瞬の困惑、けれど、どん、と地面を踏みしめる音と、自分の拍動が強くなる感覚が交互にやってきた。
大丈夫だ、私はここにいる。
自分に言い聞かせながら、弓を握り込んだ。

手の震えは、止まっていなかった。

最終決戦②

それは、ただの悪趣味な光景だった。
どろどろに溶けた壁から、文字通り鎖が生えている。尊厳を毟り取るような態勢で語られた、今まで戦ってきた「鬼」の秘密。赤毛が母、と語るその女性が誰であるかを、わたしは知っている。
下がった目尻、震える口元。そこにいるその人は初代の母、つまりは我々の先祖。黒い髪、はだけた胸元。長く与えられてきた苦痛に歪みきった表情。胃の奥から嫌悪感と不快感が迫り上がってきた。
今まで屠ってきた鬼が、祖を同じとする存在であったという事実が、生臭い空気の中で脳髄をぶちぶちと侵食していく。目の奥があつい。指先が震える。誰も何も言えない。ぶん殴る
と言っておきながら、皆の表情を見ることすらできない。誰かに名を呼ばれたかもしれない。けれどそれよりも。目の前の光景を理解しきることを拒否する本能と、きちんと見て仇をうてという理性が、脳みその中で暴れまわっている。
赤毛の話は、止まらない。
「母さんの前でいいとこ見せないとな」
つり上がった口元。白く長い足は人のそれではなかった。高笑いと、空気自体が震えているような轟音。とっさに、よろけないように足の指に力をこめた。地面から上がってくる影は、幾度となく打ち倒してきた「髪」だ。それが、目の前でゆっくりと鎌首を擡げた。
構えろ!と、頭の中でひとつの声が響く。
息を短く吸って吐いた。
腹に力を込める。
「くそったれ」
口の中で呟いた。一瞬だけ眼球を動かして全員の様子を見る。先手を取られてたまるかと、そのまま術を唱える。 わたしが動くことで、全体の行動を引っ張る。ずっと、ずっとやりたくて叶わなかったことを、今こそやるべきなのだ。
「石猿!」
黄金の光が体に纏わりつく。それらが消える前に弓を構え直した。赤毛は髪の上でにたにたと笑うばかりだ。
「楽紗、指示を。なければ蹴りにもいけるし燃やせる」
ちらとこちらを振り返る文太の表情に、癇に障る、という文字が見えた気がした。静かに吐き捨てられた進言。小さな言葉でもはっきりと聞こえるほど、不気味な静けさ。いいさ、今に煩くなる。首を振って、金剛変をと短く告げた。
どん、という音とともに、地面が踏みしめられた。炎のような霧が、文太を包む。
「しばくか、燃やすか、嵐か!」
六兵衛の声は歌うようだ。爛々と、赤い瞳が燃えている。彼にしては珍しく、補助の進言がない。ああ、怒っているのだ。ひとつ唾を飲み込んで、姉さまの踊りを、と伝えれば、即座に扇が、大気を撫でた。ごうごうと渦巻くのは、赤く染まった空気の粒だ。吸い込めば、腹のそこに力が溜まり、心臓の音が一層大きく聞こえる。
「ははははは!!!さあ、誰から死にたい?」
朱点の笑い声が、奥義の残滓を縫ってこちらへ届く。その視線が、はっきりと、ひかりを捉えている。
「俺も、奥義、撃てる。術も……」
しぼりだすような声。それが聞こえているだろうに、ただにたにたと笑う朱点の視線は、こちらのやりとりを楽しんでいるかのようで、心底腹立たしい。奥歯を、思い切り噛みしめる。
「ひかり、覚えた術があるだろう。あれを使うときだ」
低くさあ、と促せば、首が縦に振られ、そのまま長い詠唱が口の中で編まれていく。わたしたちが何をしようとしているのか、相手にはわかっているだろうに。これを見て尚、何もしないのか。不気味さと苛立ちが、肌を舐めていく。四色の光が、全員の体を包んだときだった。
朱点の唇が、ちいさく一瞬だけ、動くのが見えた。
しまった、と思ったときには遅い。急速に酸素を奪われていくような感覚。息を吸っているはずなのに、意識が一点に定まりきらない。楽紗、と名前を呼ばれた。神仙水、くらら、単語だけははっきりと聞こえる。だめだ、攻撃を続けろという意思を口にした。けれどろれつは回らず、自分の指が動かない。全員の背中が三重に揺れて見える。目が、おかしい。
文太の体が、朱点の懐に入り込む。どん、と二度、重い拳の音。音は、はっきりと耳に届いている。
「楽紗!いま、……から!」
「ロク、…う。楽紗は、攻撃をと、…から、おまえ、…え!」
「……った!楽紗、いいな!攻撃するぞ!」
ぐわんぐわんと揺れるようなめまいのなか、拾えた単語だけを頭の中に焼き付ける。攻撃、頼む、とびきりのやつを。ひとつ、なんとか頷いた。
直後、ちかちかと目の前が明滅する。大小の光が風に舞うように目の前で渦を巻いた。ただでさえ安定しない視界の中、六兵衛の扇が一閃、朱点に向かって振り下ろされたのが、かろうじて見える。猛烈な風と、桃色の粒が帯を作る。そのまま、それは刃のような塊になり、朱点と髪へと吸い込まれていった。見たことのない、ものだった。
「はは、こういうとき使うんだな。……どーよ!」
その六兵衛の声は、はっきりと耳に届いた。きっと、見ていてくれているとも。そう言いたかったけれど、口がうまく動かない。そうしてまた、ぐらりと体が傾ぐ。弓を地面に刺して、なんとか体を支えた。きいん、と甲高い音がする。しかしうまく回らない頭で、それがなにかを判別することができない。聞こえるのは、朱点の笑い声だけだ。
びたり、と叩きつけられる髪の尾を、文太と六兵衛がいなしていく。楽しい、たのしいね、と朱点がまるで合いの手のようにそんなことを言っている。体が動かない。ひかりが、必死に口を動かしているのが見える。こうげき、おうぎ、という言葉が、口の動きからなんとか読み取れた。頷くことしかできない。歯がゆさに叫びそうになりながら、それすらできないことに、脳髄が焼き切れそうなほど熱くなっていく。
風が一陣強く吹き、飛沫が舞う。ひかりの刀から放たれた真空の刃が、はっきりとふたつの影を捉えた。重たい刃が、肉を捉える音。水気のある斬撃音に、影は煽られるようによろめいた。けれど直後、朱点の体が蜃気楼のように揺れる。
その奥から、伸びてきたのは、白い手。重たい衝撃が、ひとつ。
「はははははは!君はなんて弱いんだろうね!この場で何もできず、そうしてよろけていることしかできない、母親なんてのはみんなそうなのかい?いつでも嘆くばかりで、なにもしない、できやしない」
腹をえぐられる痛みとともに耳に届いたのは、あまりに直接的な罵倒だった。避けることひとつできず、焼き付くような痛みが、鎧を貫いて腹をえぐる。はははは、という笑い声は続いていて、そんな状態なのに、やはり目は霞み、足元がおぼつかない。畜生、と吐き捨てる言葉さえ、うまく形になっていない。楽紗、という叫び声。そのまま次の攻撃も、避けることができずに。
「そうか、そんなに母親が恋しいか」
受けてしまう、と思った瞬間、聞こえたのは低く、唸るような声だった。耳馴染みのないそれが、六兵衛の口から発されたのだと気づいたのは、朱点が、扇から放たれた炎によって、はっきりとよろける姿を見てからだった。赤い火花の中に間髪入れず、高く飛び上がった影が吸い込まれていく。どん、という鈍い音は、何度となく聞いた蹴撃音だった。ブン、と名前を呼ぶ。はっきりと光をたたえた青が、そこにあった。
「は。はは、本気で遊んでくれなきゃ、殺すよ?」
静寂は一瞬。震えたような笑い声に重なって、地面が震える。動かない頭では何が来るか判別できず、ただ弓を手放さないように抱えることしかできない。体にぶち当たってきたのは大量の水で、反射的に息を止める。えぐれた地面が、もぎとられたぶよぶよとした壁が、一緒くたになって鎧を削っていった。全員が、水の中に飲まれる。笑い声すら聞こえない。これは、わたしがまだ術中にいるからなのか、それとも。もしも、これが全員に起きていたら。だめだ、と思うのに、指が、頭が、口が動かない。だらだらと、なにかが流れていく。動くはずのものが、何も。
「だめだ、しっかり、…皆!!」
それは、はっきりと悲鳴だった。甘く、淡い灯りが、視界の端でちらちらと動いている。流れていたものが止まる。そこでようやく、頭を切っていたのかと思い至った。大甘露。傷を、塞いでくれたのか。泣きそうな顔が、そこにあった。
「ひ、かり」
声を絞り出せば、その顔はくしゃりと安堵に緩んだ。よく動いた。よく、大甘露を手放さなかった。せめてそう言ってやりたいのに、けれど、体も口も相変わらず動かない。そして直後、ひかりの体越しに、髪がその大口を開くのが見えた。
ごう、という音とともに、炎の渦が肌を焦がす。ひかりに手を伸ばすけれど、何も間に合わない。視界は真っ白に染まり、ひかりの、六兵衛の、文太のうめき声が、やたら、はっきりと耳に届いた。
「ひかり、文太、六兵衛!」
全員の名前が、口から滑り落ちる。目の焦点がようやく定まり、はっきりと赤毛の表情が見えた。
ああ、遅い。すべてが遅い。
ざまあみろと、言ってやりたかった。
奥歯を噛む。ブンがこちらへ視線を寄越し、携帯袋へ手を伸ばす。それを制して、せめて、と。
朱点の顔を、思い切り睨んだ。
「ブン、ぶん殴ってやれ!!!!!!」
言い終わるが先か。
ブンの拳が三度、朱点の体に叩き込まれる。

傾いだ体が地面と仲良しになる直前。
その姿は、血泥のように、溶けて消えた。


***


「ありがとう、やっと……終わったんだね」
耳が痛むような静寂を、鎖がちぎれる音が破る。そして、重なるようにかすれた声が、ちいさく響いた。
とっさに駆け寄る家族の後ろを、慌てて追う。文太はわたしの前で足を止め、六兵衛はそのまま、うずくまる彼女に手を伸ばした。
「…あなたは、その……」
そして、ひとつ言葉をこぼす。ああ、と女性は眉根に皺を寄せたまま口を開いた。
その言葉が、耳に届く前に、右手に嵌めている指輪が、ちかりと熱を持った。思わず、武器から手を離す。
そして、一瞬、脳内が白に染まった。

なぜ、わたしは、彼女のことを知っている?

炎の迷宮にいた猫が、姉さまたちが打ち倒した風神雷神が、そして赤毛本人が言っていた言葉をひとつひとつ編んでいけば、わたしたち一族がなんのためにこうして血をつないでこれたのか、は分かる。けれど、けれど。
彼女の姿は幻灯に残っていたわけでもない、夢に見た記憶もない、誰かから直接、話を聞いた覚えもない。あったのは、初代の父母は大江山で卑劣な罠にかかって死んだという事実を、伝聞調に記していた二代目の日誌だけ。
なのに、なぜわたしは。
彼女が初代の母であったことを、どのように罠に掛けられたのかを、ぶくぶくと太った赤く醜悪な鬼に何をされようとしたのかを、欠けた角の鋭利さを、体の大きさを、開ききった毛穴を、汗や錆やものが腐ったような胸の悪くなる臭いを、それらがどのように苦しく許せず不愉快であるかを、なぜ。
なぜ、こんなにも明確に知っているのだろう。
「朱点を倒すために漢を産んだこと、何度後悔したか」
目の前で苦しむ女性の言葉は止まらない。六兵衛の、文太の口から、ああと合点がいったような声が漏れた。心臓が、早鐘を打っている。
「よく顔をみせておくれ」
ぐるり、とわたしたちの顔を見回す女性は、心底嬉しそうに表情をほころばせる。けれど直後、こらえるように言葉が継がれた。漢本人はここにはいない、だからお前達がいるのだ、というその言葉。うなずく六兵衛の姿を一歩後ろから見ながら、けれど心臓はうるさいままだ。わたしは間違いなく安堵している、朱点を倒し、この人を助けられて良かったと思っているはずなのに、それでも自分の感情に対する強烈な違和感が、胸の中に渦巻いている。血を分けた子孫たちの立派な姿だと、いつかあの世であったときに自慢するのだという、その、強い言葉。
「よく頑張ったね」
その笑みに、裏などありはしないだろうに。
鎖が掛けられたままの白い腕がこちらに伸びる。それを、受け入れるか一瞬迷った。
そのとき。
「あはははははは!」
哄笑。
「いいねえ、生き別れた母親との感動のご対面!ああ…泣かせるねェ。ちょっとくさかったけど、幕間の寸劇としては悪くなかったよ」
ぎり、と歯を噛みしめる音が真横から聞こえた。文太の表情が、大きく歪んでいる。
状況は理解している。倒したあと、影も残さず消えたこと。結局死んでなどいなかった、それは分かる。そこは納得している。なのに、胸の中の違和感は消えない。
この違和感はきっと、朱点の存在がどうこう、ではないのだ。
息を吸う。吐く。何度も行った自分を落ち着けるための行動を、短くまた、繰り返す。
「母親だと?」
吐ききる息に、声を乗せる。

「ふざけるな。わたしの母は、大食夢、ただひとりだ」

③に続く