大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

大食語り〜初代漢さま・さんきょうだい

はじまります!一族語り〜!!(どんどんぱふぱふ

改めて、約三年という長い時間かけてではありましたが、大食さんちを完結させることができて本当に嬉しいです。

これも読んでくださった(そして感想をくださった)皆さまがいたからこそ。

本当に本当に(何回も言いますが!)ありがとうございます!!

 

というわけで、本編で語りきれなかったこととかこぼれ話とか、

サビだから何回も繰り返しちゃうぜってこととかを、ひたすらずらずら並べてみようと思います。

新しい情報とかはあまりないと思うのですが、プレイヤーが一族のこんなところが好きだぜって話をつらつらと。世代ごとにやって行こうかと!

相変わらず前置きが長いですね!さっそく参りましょう。

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まずはこのふたり。

「祖」ですね。源太さんお輪さん。「大食源太」「大食お輪」になるんだなぁ。

「大食漢」の親が「大食源太(おおくたべるみなもとふとい)」なの、いま考えると字面として強いなあ。笑

ラストバトルで源太さんを呼ぶのは、おそらく多くの俺屍プレイヤーがやる「あるあるプレイ」だと思っているのですが(違うかも)

大食さんちではこんな風(最終決戦③ - 大食一族 久遠の詩)になりました。

遺言なんかで齟齬ができるといけないから、設定を固めきれないままラストまで来てしまったので(大食さんちは最後まで「撮って出し」スタイルでした)

伏線や事前設定告知などがあまり出来なかったのが悔しいところなのですが、

大食さんちの指輪、もとい源太さんは

「ただ一度、嵌めている者の肉体を借りて攻撃することができる」という機能が備わっていたのだと思います(指輪の話はまたいずれまとめたいですね)。

当主が剣士であったなら、この設定は難しかったでしょうが(刀を使えばもっとダメージ出てただろうし)

楽紗ちゃんの場合は、普段は武器として使っていない懐剣だったので、ダメージがああだった…という格好でした。

また、ゲーム中では「命を託した」お輪さんはそのときに完全に絶命していると思うのですが、

一族から見てそれをうまく把握できないであろうこと(あの状況だし)、

楽紗ちゃんが、異形と化してしまったとはいえ自分たちの祖である人の顔を射抜くことを躊躇うであろうことから、

それを指輪の中で見ていた源太さんの手で、お輪さんの命を終わらせ、

最終決戦二幕目の戦いの火蓋を切った、という形にしました。

 

……この調子で語っていくからな!!すでに長い!!仕様です!!

しかし本編はこっからなんですよね!笑

というわけで

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大食一族、初代漢さま!そしてさんきょうだい〜!!!

まずは初代から!

 

◎漢様について◎

漢さまについては、もう随分前にここ(SSではなく考察めいたものですが - 大食一族 久遠の詩)とかここ(出せてなかった詳細設定 - 大食一族 久遠の詩)で語っているんですけど、

「把握できていないまま父になり、把握できないまま戦い、それを後悔出来たのはずいぶんあとになってからだった」という人でした。

それは心素質の上がりがいずれもフラットだったことに起因しているんですが、

初代、第一子って後の一族と比べてかなりイレギュラーなのでね。それにどこまで天界の思惑が加わっていたのが……ということについては、

掘れば掘るほど闇深くなっていくところだなあと思っています。

天界サイドとしては、当たり前に自分たちの計画ができる限りうまくいくようにしていると思うので、

大食一族を「運用」していくときに、

「主体性を持って行動するのが初代でなく第一子になるよう取り計らう」ことで、

子への愛情をフックに計画の立ち上がりをスムーズにしたのかな、と。

最後まで「大食一族でいること」を真っ向から否定的に捉えるであろう子がいなかった(心素質や遺言を見て)というのは、

漢様が残した「食べること生きること」というのを皆が受け入れてくれていたのかな、というのもあるし、

天界サイドのそういったこころみが、きちんと実を結んだのだ、とも考えられるので……

やっぱり初代は掘れば掘るほど……という感じがします。俺屍だなあ。

もちろん、それを大食さんちが(少なくとも初代たちが)実感する局面はないのですが、初代はどうしても考えてしまいますね。

 

「一族として個である前に、父であった」漢様。

漢様といえばこれ(最期 - 大食一族 久遠の詩)です。ここに全てを込めた当時のプレイヤー。

読んでいただけると嬉しいなと、素直にそう思います。ね。

 

◎さんきょうだいについて◎

米麺芋、三流の大本になったさんきょうだい!漢様の情緒がプレイヤーにはあるので、彼らについて語るとき「かわいいでしょううちの子〜〜〜!!!!!!」という気持ちになります。初代情緒、ならない?なりますよね?わたしだけ?なるよね???

 

まずは米子のこと。

なにはなくても米。ああいとしいよ米子。かわいいよ天使だよ米子。米おいしいね米子。

まじで「最初は心火が伸び悩んで防御進言一辺倒だったけれど、最後に心火と心水とがぐんぐんあがる」というのは、この顔グラのイメージと相まって、めちゃくちゃこう……愛おしいです。

(感情の発端がどこであれ)父が好きで、きょうだいが好きで、戦いは苦手だったけれども家族といられるのが嬉しくて、だから戦うことそのものに対しては肯定的でもなんでもない彼女が、最後に残した言葉が「朱点戦で会心の一撃が出たら」っていうものなのは、こう………くるものがあるなあ、と、長く時間が経った今でも新鮮に思うことです。

縁側が好きなのもね、彼女の生来の穏やかさみたいなのが見えている気がするんですよね……でも、縁側そのものよりも、縁側で笑っている家族が好きなんだろうなぁ。米子 ああ米子

第一子が親と過ごした四ヶ月間って、一族の中でも特別だろうなあ。

人間的感情がどういった経緯で育ったのかとか、父との関係性とか、

第一子はほんと考えることがたくさんあってしゃぶり尽くせねぇ……みたいな気持ちになりますが、

米子は「本人がどう考えていたか」より、「周りがどう見ていたか」を考えることが多かったなと。

最期の幕間もこう(姉さん 後編 - 大食一族 久遠の詩)なりました。弟からの視点。

最期の話、後々は本人視点で進んでいくことばかりだったので、これも初期ならではだなぁ……と思いつつ、

麺太さんの話に移ります。

 

麺太さんについて。

名付けはごめん。いや、さんきょうだいは超安直ネームにしようと思っていたから……漢様の名付けセンスどうなってんの問題は間違いなくある。

「第二子を迎える」っていうの、漢様がちゃんと選択したんだなあと思うんですよ。初代が何回交神するのかって、言ってしまえばプレイヤー選択なんだけど、当時の漢様の行動準拠は間違いなく米子なんだろうなぁと思います。戦わないといけないという前提で、米子を一人にしたくないというか、そういう気持ち

それが男の子で、米子も嬉しそうで、

彼を迎えてから、漢様の父親情緒はますます育ちに育ったのだろうなと思います。

そして初期、特にプレイヤーがチキンかつ「属性の武器をなんとかして得れば戦闘が苦手でも武器がどうにかしてくれるはず」と思っていたこともあり(プレイヤーのRPG戦闘苦手っぷり、ご存じの方も多いのですが本当に苦手です)

属性武器獲得に並々ならぬ熱量を注いでいました。

「鬼が宝物を抱え込んでいる」というのが物理的に見て取れる設定でやっていたので、自分たちの命をつなぐ武器(それもきっと属性武器なら特殊な形状や色をしているだろう)には、執着してもおかしくないだろうし、

それを「手柄」として考える、という源流は、ここからすでに出来ていたのだと思います。

それは結局、彼の最期に大いに影響することになり。

最期の言葉(反省と後悔ばかりの - 大食一族 久遠の詩)は、解釈に本当に本当に本当に悩んだ(解釈をプレイヤー側に寄せた一族トップタイだと思う)。遺言解釈の難しさを教えてくれた一族ですね、麺太さんは。

戦いに向かい手柄を立てることへの執着心闘争心(心火)と

自分を抑えなければと思う我慢強さ(心土)の間に、

間違いなく家族に対する愛情があって…という解釈でああなりました。

そんな愛情の先は、漢様や米子もだけれど、やっぱり大事な妹の薯芋花ちゃんがいて……印象として、兄であり父であった、という姿がはっきりとしているのです。そこらへん父譲りというかなんというか……というところで、末子のしょーちゃんの話を。

 

薯芋花(しょうか)、という名前を漢様が思いつけたのだろうか……名付けに関しては顔グラがこんなにかわいいのにちょっと捻らないのは申し訳ないな!と思ったからなんですが(米子はいいんですかという話ですがまあ)

耳のふわふわは生まれつきとかではなく取り外しができるので、漢様が買ってあげたのかなとか、

桃尻ちゃんなので行儀のことでなにか言われてたりしたのかな、とか

とりわけさんきょうだいの中でも、戦い以外の風景が浮かぶ子です。でも、それは彼女が「いもうと」であれたときで、その時間は米子と麺太さんに比べるとずっと短いんですよね。

ずいぶん小さいうちに、漢様の命が長くないことを理解して進んでいかなければならず(1019年のお正月 - 大食一族 久遠の詩)、

それを考えると、ああ見えてさんきょうだいのなかで一番シビアだったのかな、と。

さんきょうだいはそれぞれ、「漢様の子であり親であり兄姉だった」というのが当たり前にあるのですが、

その中でも、「母であった」という印象が強い彼女が、最期に見ていたのはやっぱりきょうだいたちだった、というのは、

プレイ当時、やっぱり辛かったなぁ……と、思い出すなどしました。

また、プレイヤー思考として

三流プレイって、キャラクター同士をどう絡ませるなかなか難しいぞ、ということを実感したのは、

姉弟」の図式で、言い合ったりやりとりしたり、という光景が切り取りやすい米麺の二人に対して、

「末子の彼女がにこにこしながらそこにいる」という光景がよく浮かんでいたからでした。

でも、それでは「三人の会話」にならず、あまり存在感を与えてあげられないな……と思っていて。そのあたり、かなり試行錯誤のあとがみえます。俺屍幕間難しいよでも楽しいよ!をずっと言っていた気がします。

 

………と、こんな感じでこれからも語っていく所存です。長くない?長いです。今更ぁ!

よければ、おわりまでお付き合いくださいませ〜