大食うるち 前編
照りつける太陽の下、ひっきりなしに鳴く蝉の声が、うわんうわんと響いている。障子を開け放した縁側から僅かに風が吹き込み、すこしだけ目を細めた。
椀に残った粥の、最後ひと匙を、そろりと口に運ぶ。
すでに、ワタシを除く全員の食器は空だった。屋敷に来たばかりのひたちでさえ、飯粒ひとつ残さず、綺麗に平らげている。胡瓜の匂いが苦手だと言う彼女のためにイツ花が拵えたのは、胡瓜と生姜を胡麻油で炒めたもので、花柄の白い小鉢に盛られていた。最初は口をへの字に曲げて食べていたが、それでも最後まで食べきったようだ。その様子を眺めるあずまの瞳が、かつての姉上と重なる。あの、刀を手に入れてはしゃいでいたあずまが、親になったのだと思うと、なんだかじわりと、胸が暖かくなった。
食器が下げられたあと、卓袱台をぐるりと囲んだ家族を、ゆっくりと見回して、口を開いた。
「今月の討伐は、白骨城に向かってくれ。旭が今使っている槍のように、以前はなかった術や武器を持っている敵がいるかもしれない。夏にしか出現しない迷宮だから、今月を逃すと一年待たなければいけない、だが進軍は無理せず、浅い階層で討伐を行うこと。討伐隊はあずま、旭、陽織。隊長はあずま、頼むぞ」
討伐先を決め、隊長の委任も完了した。そして次は、と立ち上がろうとしたときだった。
「母上殿よ、なぜ姉上殿を討伐隊に加えないのだ」
「ちいね姉上、まさか体調が悪いのか」
「かあさま、討伐にはでられないのですか」
「一気に喋らないでよ。よく考えなさい、ひたちが来たばっかでしょ」
急に名前を呼ばれたひたちが、背筋を伸ばしたのが見えた。男三人が、まるで雛のように一斉に喋り出すものだから、驚いたのか目を丸くしいる。ちいねが制すように声を上げ、ちらりとこちらを見た。一瞬、視線が重なる。
「ひたちの訓練を、二人で付けようって話をしてたのよ。訓練名簿やら討伐記録やらを見ても、今までは一対一だったみたいだけど。何が奏功するか、いまはやってみなくちゃわからないから」
重なった視線はすぐに外れ、討伐隊を任せた三人に、しっかりと向けられている。
強い瞳だ。
この瞳に、どれだけ救われてきただろう。
「ちいねの言う通り、今月はワタシとちいね、二人で訓練を付ける。あずま、君が娘と過ごす時間を奪うことになってしまって、すまない」
頭を下げたワタシに、すぐに声が飛んでくる。
「ごっ、ご当主、頭をあげてくれ。ご当主の決定なら、従わない道理はない。討伐隊の隊長を、立派に務めてみせる。ひたち、ご当主と姉上の言うことを、よく聞くんだぞ」
「は、はい、あああたし、がんばりますっ」
「….決まりだね。さぁ、準備を整えよう」
ぱん、と一つ手を打った。あずまは薬と道具を取りに蔵の方へ、ちいねは訓練着を取りに部屋へ向かう。そのあとをひたちか追い、部屋に残されたのは、ワタシと、年少二人だ。
二人はこちらを見てはおらず、陽織は俯き、旭は蔵のほうを見て眉尻を下げている。二人の心情は、なんとなく推し量ることが出来たが、それよりも言っておかねばならないことがあった。
「きみたちにも、大事な役割があるよ」
陽織はばっと顔を上げた。旭はまだ、視線を外したままだ。下がった眉尻が動き、眉根に皺が寄っている。その顔が、父親に、よく似ていた。そういえば、あの神からは、終ぞ核心に迫る何かを聞き出すことは能わなかったなぁ。
「なんだと思う?」
少しだけ冗談めかして言ったとき、ばっと陽織が顔を上げ、そして、母譲りの強い瞳で、まっすぐにこちらを見て、そして口を開いた。
「生き残ること」
後半に続く予定です。