大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

悔しさひとつ糧にして

「あずま、ごめんね」

「ちいね姉上。オレは平気だ。それよりも、あまり自分を責めないでくれ」

「でも」

続く言葉を、体を横たえたまま、首を振って制した。しゅんと項垂れる申し訳なさそうな表情を見て、息を吐きながら目を閉じる。

 

姉上は、オレの目が覚めてからというもの、ずっとこの調子だ。食事の介助に傷の手当て、何かにつけて、自分がやる、と言ってくれている。もう寒さは遠のいてきたのに、傷に障るといけないからと、寝るときは専ら囲炉裏の側。家族が集まる場だというのに、足音も会話も、気を遣わせてしまっている。

そもそもあの鬼の一撃で意識を失い、討伐を切り上げさせてしまったこと、進めたはずの迷宮から、月半ばで帰還せざるを得なかったこと、そして、姉上が目を覚まさないオレをおぶって、屋敷まで帰ってきてくださったこと。それらは、全て己の力不足が招いたことだ。あの時のことを思い出し、悔しさで思わず歯を噛み締めた。

「どうしたの?傷、痛む…?」

心配そうな声が降ってくる。心配させてしまったことと、この人に余計な負担を掛けてしまったこと、それがただただ、悔しくて、そして申し訳なくてならない。

屋敷にたどり着いたとき、ご当主に泣きながら討伐の様子を話す姉上の声を、夢うつつに覚えている。ご当主もまた、自分を責めていたが、何より責を負うべきは自分なのだ。しかしご当主も姉上も、決してオレを責めはすまい。だからこそ、それが分かっていて口先だけで謝罪するのは、どうにも卑怯というものだろう。

やれることはただ一つ、体をさっさと治して、剣を振るい、鬼を屠ることだ。

「いや、大丈夫…すこし、眠いかな」

もうすぐ、姉上のお子も来るのだ。自分にばかり目を向けていてはいけない。そう思って出したはずの声、語尾は情けなく掠れていた。

わかった、おやすみ、と言いながら部屋を出る姉上の足音を聞きながら、一旦考えるのをやめ、眠りの世界に向かって足を踏み出した。

 

***

 

相変わらず寝て起きての生活だが、それでもずいぶん楽になった頃、ちいね姉上のお子がやってきた。

「芯の強そうな、男のお子さまです」

イツ花のそんな声で、体を起こす。痛みはあるが、ずいぶんと重さが無くなったなぁ、と思いつつ、居住まいを正した。

月の末を待たずに来たそのお子は、かつて稽古をつけてくれた、前ご当主と同じような髪の色。しかし思い出に残るあのお人よりも、ずいぶんと明るく見えた。肌はちいね姉上と瓜二つだ。強い眼光は、姉上によく似ている。太陽を織る、と書いて、ひおり。旭と二人揃った、いい名前だ、と心から思った。

名前も職業も無事に決まり、皆で食卓を囲む。まだ皆と同じ食事は胃が受け付けず、粥をすする。のろんとした粥には砕いた木の実が混ぜられていて、ずいぶん食べ応えがあった。体が復調してきた証拠だろうか、ちゃんと、味が分かる。

ふぅ、と一息ついて、顔をあげた。正面に座るご当主は、さきほどから思案顔だ。

「どうされたのですか」

ご当主は、少し困ったような笑顔で、箸を置いた。その表情に、前ご当主の笑顔がだぶる。

「旭の初陣だが…この子の素養を見るに、出来れば土の力を宿した槍を持たせたいと思っている。御誂え向きに、鳥居千万宮にその槍を持った鬼がいるらしい、と」

「だっ…だめよ!!」

食器がぐらついて音を立てるほど勢いよく、ちいね姉上が立ち上がった。その様子に、旭も陽織も、目を丸くしている。

「今まで倒せてた鬼が、うんと強くなってるのよ!アンタは行ってないから分からないかもしれないけど、あずまだって、だって、そうさせたのはわたしのせいだけど、でも、」

「ちいね姉上!」

意図せず、大きな声が口から飛び出した。「わたしのせいだ」と言って欲しくなかった気持ちと、どこかもやもやした別の思いが、胃の中でないまぜになっている。

「…ご当主。確かに、オレは槍を持った鬼を見ました。あれが土の槍なら、オレがやられた所までは潜らなくてもいい。あそこなら、初陣の旭の訓練にも、うってつけだ」

ご当主が頷く横で、ちいね姉上の瞳が揺れている。

「あずま、あなた」

「ちいね姉上。オレは、弱くはないつもりだ」

はっ、と、姉上が息を飲むのがわかった。一つ息を吐き、胃の中のもやもやを、少しずつ、少しずつ、反芻して噛み砕く。

「ご当主や姉上のようには頭が回らない自分でも、そこに行くべきだと分かった。なら、その隊の先鋒になれるのはちいね姉上だ。オレが万全なら、共に行きたいが、この様では足を引っ張ってしまう。ならば、陽織の訓練を、オレに任せてくれないだろうか。本当は、母である姉上が訓練をつけたいだろうが、オレは」

ちらりと、陽織を見た。彼の前に並べられた食器はすっかりと空になっていて、猫が舐めたように綺麗だった。

まっすぐに見つめ返してくるその強さに、姉上の面影を見る。

「オレは、それがいいと思う」

 

***

 

「では、行ってくる。留守を頼むぞ」

「ご当主、お任せください」

「陽織のこと、よろしくね、あずま」

「もちろんだ、姉上。…旭、気をつけてな」

玄関先、出立する討伐隊を見送る。気の利いた言葉など出てこなかったが、旭はすっかり持ち慣れた様子で槍を携え、行ってきますと声を張った。ご当主と、ちいね姉上。どちらか一人ではなく、二人の後について行けば大丈夫だろう。それは、自分がそうであったように。

不意に、ご当主がくるりと踵を返してこちらに向かってきた。前方で、怪訝な顔をした二人を置き去りに、急いだ様子で戻ってくる。

「どうしました、何か忘れも」

「ワタシは、礼を言っていなかった。すまない、あずま。君に背中を押してもらえて良かった。必ず目的を達成して、生きて帰ってくる。ありがとう、ワタシの想いを汲んでくれて。君は強い。自慢の弟だ。ありがとう。行ってくる」

ほとんど息を継がずに、流れるようにかけられた言葉。それを聞いたとき、ご当主もまた、不安であったのだと悟った。

「強く……強く、ならねばな」

拳を、つよく握って、屋敷へ足を向ける。

踏み出した足に、もう痛みはなかった。