大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

大食ちいね 大食あずま

父さま、父さま。お願い、しっかりして。お願い。

ひたち、手ェ、にぎってやんな。

兄上、もうすぐ屋敷です、もうすぐですから。

三人の声が、代わる代わる聞こえる。目を薄く開けると、見慣れた金色がそこにあった。軽い振動、足が着いていない感覚。ずいぶん経って、負われていることに気付く。意識は脳の中でゆらゆらと安定せず、三人の声は近づいたり離れたりするように響いていた。それに、違う声が二人、混ざる。

ああ。

帰ってきたのだ。

 

 

***

 

はっきりと瞼が開いたのは、布団の上だった。

漢方の苦味が意識を引っ張り上げたのか、それとも効能の一つなのか。重だるい身体を持ち上げようとして、それが細い腕によって制された。

「寝てなさいな」

「…ちいね姉上」

二月会えなかった姉上は、随分やつれているように見えた。布団の傍らで膝を折り、オレの汗を拭ってくれていたようだった。覗き込むような視線、いつも綺麗に結われていた髪は下ろされていて、細面が、さらに華奢に見える。

「顔色が、あまり、よくないな」

「誰かさんよりはましよ」

「すまない」

「…あずま」

長い髪が、ばさりと姉上の顔を覆う。ごめんなさい、と、絞り出すような声が聞こえた。

「何故」

「わたしが、ああ言ったから、こんな風になってまで」

「….姉上」

思わず、ため息混じりの声が出た。いつかの時と、まったく同じように、姉上が謝り、オレがそうではないと言う。きっと、いつまで経っても、この人の中で、オレはちいさな弟なのだ。

「姉上、オレは、姉上がああ言ってくれたから、ひたちのために武器を手に入れることが出来た。こんな状態で帰ってきてしまったことは申し訳ないが、それでも、全く後悔はしていない。だから、どうか」

弟であること。それが、歯痒くもあり、そしてやはり、どこか嬉しくもあった。そんなことを思いながら、姉上の肩に手を伸ばす。

けれど。

謝らないでくれ。そう言おうとして触れた肩のあまりの細さに、結局オレは、続くはずの言葉を口にすることが出来なかった。

 

***

 

月を跨ぎ、討伐隊を見送ったあと、オレは自力で体を動かすことが出来なくなった。

家に戻ってすぐは、もしかしたらあのときのように、徐々に復調していくのかもしれないと思っていた。けれど、そんな思いとは裏腹に、体はどんどん重く、目を覚ましていられる時間が明らかに減っていく。

同じように体調を崩しているはずの姉上が、気がつくとそばに来てくれる。寝ている間に歯ぎしりをしていただとか、大きな鼾に鼻が潰れたかと思っただとか、そんなことを話しながら、飯を食った。しかしそのうちに、飯はかけらも喉を通らなくなり、白米は咀嚼できず、煮炊きした野菜を何とか口に出来ていたのも数日間だけ。それが粥になり、いずれはそれも喉を通らなくなるかもしれない。なんとかして食わなければと、匙に手を伸ばしては、嚥下できずに咳き込む日が続く。

姉上が立ち上がれなくなったと、イツ花に言われたのは、その頃だった。

 

***

 

囲炉裏の側に二人、並んで眠る。世話を焼いてくれるイツ花も、同じ部屋に二人がいた方がいいと言って、布団を整えてくれた。どうにもその笑顔が辛そうで、しかし、すまないという言葉を発することさえ、なんだか申し訳なかった。死はすぐそこまで迫っている。自分にも姉上にも。そして、それは、どうしようも、ない。

もうすぐ討伐隊が戻るから、どうかそれまでは、と、互いに思っていることは同じで、どちらかが目を覚ましているときは、どちらともなく、ぽつぽつと口を開く。

互いの初陣のこと、敵のすぐそばまで行くのが怖くて仕方なかったこと、最初は大きな防具を着けられなかったこと、兄がいたから、父がいたから、母がいたから、姉上たちがいたから戦えたこと、迷宮の大将を倒して回ったこと、選考試合、そして、そして。

「なんでだったんだろう」

「ん」

「なんでだったんだろうな」

「うん」

何も言わなかった。言えなかった。死にたくはなかった。今ここで、こんな思いで、死ぬはずじゃなかった。あのとき、たしかに、オレたちは。そう思うと、霞んだ視界は、さらに歪んでいく。とどめる力はどこにも残っていない。目尻からだらだらと涙が溢れて、布団に吸われていった。あれから、もう、一年が経ったのだ。

「でも、ね」

静寂に、姉上の声がゆっくりと落ちた。

「わたし、陽織にあえて、よかったなって」

「…ああ」

「旭にあえて、ひたちにあえて…よかったなって」

目を閉じた。逝ってしまった皆と、弟たちの姿が、はっきりと浮かぶ。そのとき、イツ花の声と、三人が転がり入ってくる音が、重なって響いた。

ひたちの声がする。最期に体を起こそうとして、やはりそれは叶わなかった。姉上、みんなが帰ってきたぞと呼びかけようとしたとき、陽織の悲痛な声が上がった。

「母上、母上……!」

霞む目をなんとかして開く。皆、泣いている。ぐるりと家族を見回したとき、隣でぽつりと、ちいさな声が聞こえた。

 

先に行った、みんなのところへ、行きたい。

天国だろうが、地獄だろうが、構いはしないわ。

だって、踊りと小唄を聞かせてくれるはずだもの。そうでしょう。

 

満足気な声。そして、その声を聞いたとき、不思議と体が軽くなった。ずっと胃の腑に落ち込んでいた鉛が、ふっと取れたような、そんな。

弟たちが、姉上を見ている。手を握って泣いている。娘がこちらへ来て、オレのことを呼んでいる。ああ、そうかと合点がいった。寝るとき苦しくないように、姉上があっちに持って行ってくれたのか。

「ああ。よかったな、みんな」

声が上手く出ているかは、分からなかった。

「鼾も歯ぎしりも、もう聞かなくて済むぞ」

結構なことだろう?

 

だから、すこし、眠るよ。

 

娘がひとつ、泣きながら頷くのが見えた。