疑問と結論と当主と一族
ワタシには、自信があった。
自分一人では儘ならぬとも、側には頼れる家族がいる。事実、初めて当主として、隊長として三人で出た討伐で、金になる大槌を四本、術が二本に迷宮奥の大将討伐まで成すことができた。上々といえる戦果だろう。
苦がまったくなかったと言えば嘘になるし、自分が振るう武器は手に入れることが出来なかったけれど、それでも、自信にはなった。
「うる、やったなぁ!」
相翼院討伐後、屋敷までの帰り道で、兄上はそう言って笑ってくれた。その横で、なぜか悔しそうに顔を歪める妹分。舌打ちの音を聞きながら、この親子は本当によく似ているなと思ったものだった。
芋づる式に、ワタシに当主を任せてくれた、父上の表情を思い出す。
口酸っぱく、いいか絶対に無理はするな、と言われたこと。
口酸っぱく、戦果がないときも道を見つけるのが当主としての仕事だ、と言われたこと。
初陣の妹分をつれて、兄上が迷宮奥の大将に挑んで勝った、そして帰ってきたときの剣幕。
大江山に挑み、そして帰ることを選択した父上の姿。
お強い父上であれば、あそこで朱点の根城に向かうことも出来たはずだ、と。
胸の奥で、ずっと、ずっと、考えていた。
ワタシには、自信が、あった。
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もうひとつ階段を上がれば、迷宮の大将がいる。ごうごうとした風の音はここまで響いていた。あいつらがいるのは、間違いない。
あずまが、めきめきと力をつけているのは明らかだ。どういう原理なのかはわからないけれど、刀も輝きを増している。ただ、目ぼしい武器も、術の巻物も手に入らず、ただただ目の前で掠め取られていくだけだった。悔しさに、唇を噛む。自信など、そんなちっぽけなものは砕けてしまいそうだった。
「うるちゃん…?」
階段を睨みつけるワタシに、姉上の心配そうな声が降ってくる。気づけば、もう刻限が迫っていた。
「大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だとも!」
大丈夫と言ってみても、姉上の表情は晴れない。
常に、父を後ろで支えてくれた姉上。それが、いま当主となったワタシを支えてくれているのか、と考えると、どうしてそこまでと思わざるを得なかった。討伐中の槍の閃き。あの力があれば、鬼の大将など怖くはない。ワタシよりも、ずっとお強いのに。それは、刀削兄上もだ。
「ねえ、ちょっとどーすんの。今回、戦果ないわよ」
ちいねの声は、明らかに焦っていた。その言葉の奥に、少しの心配が混ざっているのが彼女らしい。言及すれば舌打ちで返されるだろうけれど、その心配は、きっと「戦果がないまま帰ること」ではなく「それを気に病むかもしれない当主」に向けられている。彼女は、優しいから。
ワタシを囲むようにして立つ、三人の顔をぐるりと見た。
あずまは、階段の奥を見ている。
ちいねは、後ろを気にしている。
姉上は、ワタシを見ていた。
挑むべきではない、と思った。
「今月の討伐はここまでにして、帰ろう」
姉上は静かに頷き、ちいねが一瞬、階段の奥を見た気がした。明らかに、ええ、と表情を変えたのはあずまだった。
「ご当主!僕を心配してくれているのか!?大丈夫だ、ずいぶん力もついてきたし、大きな敵を倒してこそ」
「あずま」
迅る息子を抑えるような、優しい姉上の声。いつか、こんな風に優しく窘められるようになりたい。そう思いながら、あずまの方へ向き直る。
「君が力をつけているのは分かっているよ。けれど、ワタシは」
一つ、息を吐いた。胸の奥で、自分の出した結論と、父上が挑まなかった疑問が、一つの像を結んだ。
「君たちを、決して死なせたくはないんだよ」
***
「へぇ、それで、迷宮の大将には挑まずに帰ってきたんだな」
帰ってきたワタシたちを出迎えたのは、温かな湯とたくさんの飯だった。討伐から無事に戻った実感が胸に灯って、じわりと体を満たす。ワタシは用意された飯をがつがつと口に運びながら、兄上に討伐の土産話をしていた。
「あずまは初陣だし、ちいねほど術に長けているわけではないから。他の迷宮ならともかく、あそこの大将はさすがに」
何を手に入れたわけでもない討伐。それでも、兄上は笑顔で耳を傾けてくれる。あずまはそれを聞いて、複雑な表情をしていた。大丈夫、君が弱いわけじゃないよ、と思う。
「形に残る戦果を手に入れることは出来なかったけれど、皆無事だ。刀も育ってる。それ以上、望むことはないと思って、帰ってきた」
言いながら、米を腹におさめる。見れば、兄上の茶碗にはまだ、半分ほど米が残っていた。いつもは、自分より早く食べ終わるはずの兄上の様子に、言いようのない違和感を覚えた。
「兄上、食わないのか?」
「ん?あぁ、俺はお前たちが帰って来る前に、軽く済ませたから、腹が一杯なんだよ。討伐にも出てないし。なんだ、おかわりか?」
「あ、いや…」
「どら、ちょっとイツ花に米櫃を」
そう言って立ち上がった兄上の体が、
ぐらりと、傾いだ。