前を向く 前しか向かない
甘明姉様。本当にごめんなさい。ワタシがもっと考えていれば良かった。あずま、すまない。君から母君を奪おうとしているのはワタシだ。ちいね、ごめん。君はいつだって優しい。なのに、それに応えることができなかった。
でも、それでも、君たちは、こんなワタシを絶対に責めない。そればかりか姉上は、皆が立ち上がるために手を差し出してくれた。なら、ワタシにできることは、立ち上がることだ。朱点童子は倒した。神々が天上へ登っていくのが見えた。けれど、それがどういうことなのか、あの赤毛が何を目論んでいるのか、復讐とはなんなのか、今考えても結論は出ない。だが、ワタシは考えるのをやめない。幸い、交神もまだだ。ワタシのお祖母様はな、あずま、君の持っている武器のことを、天上の神より交神の折に聞いたそうだ。なら、ワタシにもそれができるはずだ。大丈夫、立ち上がってみせる。だから、どうか、みんな、顔をあげてほしい。姉様、本当に、本当にごめんなさい。ワタシは、あなたに。
「当主さま」
甘明姉様が、ワタシの背中で呟いた。背中におぶっていなければ、聞き逃してしまうほどの、ちいさな、ちいさな声だった。
「大丈夫、泣かないで」
泣いてなどいないぞ、と言おうとして、風が撫でた頬が冷たいことに気付く。ああ。そうだな。泣いている。悔しい。悲しい。不安。どうしたらいいのかわからない感情が、ぼたぼたと音を立てて落ちていく。膝が震える。力を抜けば崩れていきそうになる。何が、それは、心かもしれないし、体かもしれない。
それでも。それでもだ。
こころを奮い立たせろ。ワタシは当主だ。薬指の指輪が熱い。きっと、しっかりしろと言っている。かつての当主たちが、先祖の思いが、この指輪には宿っているのだから。
姉様は、まだ生きている。みんなでできることは、まだ、ある。そう思った時、急激な空腹感に襲われた。胃の中を突然カラにされたような感覚に、鳩尾の辺りが苦しくなる。
「腹がへったな」
思わず声に出していた。片手で姉様を支え、空いた片手で顔を擦る。腹の虫が、ぐうぐうと、喚いている。
大丈夫だ。
「帰ったら、みんなで、ごはんにしよう」