気付けていれば
ワタシ達は強い。
迷宮の奥にいる大将は、もはや敵ではない。それは意を決して足を踏み入れた、この大江山にいる鬼どもも同じだ。全員で、立ち塞がる全てをなぎ倒して進む。
ワタシ達は、強い。
あの時とは違う、それは確固たる自信だった。
「いける、いけるぞ!!」
あずまの声が、雪中に響く。
天狗鬼を倒しきった先で、対峙したのは巨大な猿の鬼。しかしその鬼でさえ、もはや我々の敵ではない。一族全員が攻撃を加え、そしてワタシもそれに続く。渾身の一撃が入った、明確な手応えがあった。
直後に奴が取り落としたのは、竜の意匠が凝らされた水の刀だった。ごとりと朱の首輪が外れ、神の魂は天に登ってゆく。
あずまは刀を大切そうに抱え、何度も見比べている。その表情の明るいこと、今月で元服を迎えたというのに、いつまでも、ワタシにとっては小さな弟だ。
「朱の首輪…」
拾い上げた禍々しい首輪。触れた指先から、まるで怨念が染み出してくるかのような感覚を受ける。こんなものでも、売れば高値だ。これからの復興にも、家の保持にも必要になるだろう。しかし、携帯袋に入れるのは、毎回躊躇われる。どうするか、と考えていた時だった。
不意に、違和感が胸をつく。
「朱の、首輪だ」
朱点の根城に、朱の首輪。神を封じた、鬼に変えられ。イツ花の声が、行ったり来たりしている。違和感。
「ちょっとどうしたのよ、さっきから首輪持ってぼーっとして」
不意に、うしろから声が響いた。見れば、甘明姉上の背中に手を当てているちいねの姿。若草色の槍を杖代わりに、姉上が荒く息を吐いていた。
「すまない!呆けていた。甘明姉上、大丈夫か」
「平気よ、大丈夫。それより、もう討伐の刻限が来る。奴はきっと、あそこにいるはず」
すっ、と。甘明姉上の、褐色の指先がひとつの扉を指差す。
「朱点閣。あそこにいる朱点を倒せば、全部終わる」
声は震えていたけれど。その眼差しは、強い、強い光を、湛えていた。
胸に落ちてきた違和感を払うように頭を振り、薙刀の柄を、地面へ打ち付ける。今考えるべきは、これじゃない。
ワタシに出来ることは、呪いを打ち破ることだ。
「姉上の呪いを、ワタシ達の呪いを、必ず解く。絶対にだ。全員で生きて帰る!」
大きな声で叫んだつもりなのに、雪が声を吸ったからなのか、思った以上にちいさく聞こえた。それでも、家族はひとりひとり、ワタシの方へ視線を向けてくる。
「作戦はなし!相手が何をしてくるか分からない以上、ひとりの力を強くしても、時間を取られてしまうかもしれない。ワタシ達は強い!」
震えてしまいそうになる声を、腹に力を込めて絞り出す。全員が頷くのが見えた。
手を握りこむ。力を込めて握りこんだ親指が、薬指の付け根にある、指輪に触れた。
そうだ。
あなたもいるのだ。
怖くない。けれど。
おまもりください。どうか。
頭の中に、まとまらない祈りが浮かんで、そして消えた。
足跡が、雪風に飛ばされて消えてゆく。しかし、道は見えている。後退の必要はない。
「行くぞ!!」