大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

しら雪の ふりてつもれる山里は

1021年 10月末 決戦前夜

 

「ちょっとあんた、何やってんのよ」

縁側で、柱に頭をもたげて外を眺めていると、ぎょっとしたような声が突然背中に降ってきた。振り返らずとも誰のものかは明白で、思わず口元を緩める。

「紅葉の葉が、綺麗だなと思ってね」

「モミジ?」

「うん」

「何言ってんの、見えないじゃない」

至極真っ当な反応だった。時刻は丑三つ時を回ろうとしているし、月明かりもない中では紅葉の葉どころか、太い幹も枝ぶりも、全く見えない。そのぶん、星屑は思い思いに歌を歌っているから、ああ、星を見ていたのだと言えばよかったと、今更ながら気付く。

「そういう下らない嘘つくのやめなさいよ。寝られないんでしょ」

「ばれたかぁ」

苛ついた表情をしているのだろうな、と思いながら振り返る。手燭の先、ぼんやりと見えたちいねの顔は、眉根が寄せられ、口はへの字に曲がっていた。分かりやすく、何かを堪えるような顔。それに、兄上の表情が被る。本当に、よく似た親子だ。

「なんて顔だ」

「うるさいわね」

からかうように声を掛ければ、彼女お得意の舌打ちが返ってきた。それでも、堪えるような表情は変わらないまま、彼女はワタシの側に腰を下ろす。

「心配して、何が悪いのよ」

「いや、悪くなどないよ」

でも今日は随分素直だな、という言葉を喉の奥に押し込んで、ちいねの言葉を待った。しかし、彼女は口を開かず、ワタシと同じように外を眺めている。

沈黙が、形を持って横たわっているような空間。ちいねは今、何を思っているのだろうか。彼女の白い肌は、夜闇の中で迷い子のように浮かんでいる。

「なぁ、ちいね。君に話しておかないといけないことがある」

「何よ」

沈黙に耐えられなかったのはワタシの方だった。話したいことがあるのは事実だけれど、今話すのが適切かどうかは、分からない。それでも、ワタシは口を開いた。

「ワタシの父は、朱点の根城まで辿り着き、そして引き返した。君がここへ来た月だ」

「え、ええ。何?どしたのよ」

面食らったような表情が、蝋燭の灯りに照らされている。

「君のお父上…刀削兄上は」

ちいねの目が、一瞬揺らいだ。刀削兄上が亡くなって、まだ三ヶ月だ。ああ、やはり彼の話はするべきじゃなかった、と口を閉じる。

「続けてよ」

しかし、不自然な沈黙を破るように、催促の言葉が飛んできた。ちいねはまっすぐ、こちらを見ている。

「七月、屋敷の留守を任せたとき、討伐記録をしまってある部屋に、何度か出入りをしていたようで、ああ、いやそれそのことに関しては特になんてことはないんだ。ただ、何度も読み返した跡が、大江山の討伐記録だけに残っていて」

大江山?」

「ああ」

九重楼での、兄上の姿を思い出す。何かを振り切るように駆ける姿。大将に挑むと決めたあの表情。

「兄上は、強い人だった。父も、とても強かった」

「何が言いたいの」

舌打ち混じりの声だった。苛立ちと、未だかすかに残る心配の表情。本当に優しい妹だ。

「そんなお強い二人なのに、父は大江山に登らない判断をして、兄上はそれを受け入れてくださった。何故だろうと、ずっと考えていたんだ。家族を死なせたくない。その一心であることは分かる。それは、分かる。けれど、それだけなら、朱点に挑めば、そして勝てば、呪いは解けるわけだから、結果的に家族は救われる。けれど父上は、それをしなかった。その上、違和感がある、としきりに討伐記録に書いているんだ。ずいぶん、抽象的で、要領を得ない言葉だと思わないか。けれど刀削兄上は、きっと父を信じて、その違和感の正体を探ろうとしていた。だから、何度も出入りをしていたのだと思う。だが兄上から、そのことについては何も聞けなかった。兄上も、その違和感の正体にたどり着けていなかったのだろう、ワタシもたどり着けてなどいない、兄上が導き出さなかった答えを出さないままで、ワタシは」

「うる」

思考が奔流のように渦巻くのに任せて、一気にまくし立ててしまった。とどめるように名前を呼ばれ、一度止まった息を、ゆっくり吐き出して、心を落ち着ける。

「すまない」

ちいねが、首を軽く振る。蝋燭が揺れて、芯が焼ける音が、沈黙の間を縫うように響いた。そうして、口を開いたのは、ちいねの方だった。

「不安なんでしょ、挑むの。そりゃそうよね、あんたは、一回山に登ってるもの。わたしも、怖いよ。けど、行かなきゃ。行けば、甘明姉様は助かる。わたしたちが死ななければ、みんなで生きていられる。だから、怖くても行くの。そうでしょ」

言う口元は、かすかに震えていた。きっと、彼女はワタシよりも、恐怖を覚えている。それでも、ワタシに発破をかけるために、いまこうして、言葉を選んでくれている。

それが、たまらなく、嬉しかった。

「ちいね、そうだ、その通りだ」

「でしょう。さぁ、もう寝なきゃ。明日出立なんだから」

手燭を持ち、立ち上がって、ほんとうにそそくさと部屋に戻ろうとするちいねの姿。それは照れ隠しだろうか。あえて引き止めることはせず、口の中でありがとう、と呟いた。

そうだ。

ワタシにできることは、甘明姉様を助けること。そのために、大江山に挑む。

「臆するな、無策の策だ。みんなならやれる、ワタシならやれる」

一人呟く。

刹那、風が、縁側を通り抜けた。

鬼の哄笑のように響いた音に頭を振り、立ち上がる。

 

待ってろ、ワタシが、お前を倒してやる。

信念一つ胸に抱いて、縁側を後にした。