大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

姉さん 中編

交神の予定を引き伸ばして、九重楼へ行く話には同意してくれたものの、討伐を伸ばして武器獲得を狙う話には、なかなか首を縦に振らない。行く、行くのはいいけど一月で、という押し問答。こちらが折れかけたそのとき、遮るように口を開いたのは、薯芋花だった。

「姉さま、薯芋花は兄さまの意見に賛成です」

「しょーちゃん、あなたまで!」

このところぐっと背が伸びた妹は、自分の目から溢れる涙を乱暴に拭って、ひとつ深呼吸。その姿が、父を見送ったあの日と被る。

「家族が、自分たちのために何かを、というのは、本当に嬉しいものなんです。姉さまが私たちにしてくれたことを、私たちは姉さまの子にしてあげたい。そしてその力が、今後一族を率いることになれば、こんなに幸せなことはないんです」

淀みなく話す末の妹に、困惑したような姉さんの顔。その困惑は、分かる気がした。いつのまにか大きくなって、そういえばもうすぐ元服だ。二ヶ月討伐をすると、元服を迷宮の中で迎えることになる。それに、今気が付くのだから、我ながら本当に薄情だ。すまない、と思いながら、それでも。

「姉さん」

「姉さま」

兄妹の気持ちが揃ったことが嬉しかった。

 

しばらく、沈黙が横たわる。ろうそくの芯が、じ、じじ、と燃える音だけが響き、不思議と虫の声も、木々が擦れる音も聞こえない。どれくらいそうしていただろう。最後は、姉さんが折れた。

「わかった。でも、条件を付けさせて」

「条件?」

覚悟は決まった、という目。自分と、そして父と同じ紅い目は、ぼんやりとしたろうそくの光のなかで輝いていた。

「もしも手に入らなくても、三ヶ月目の討伐続行は無しよ。玄の初陣のこともあるし、絶対に帰ってくること」

「もちろん」

「刀を持ってる敵は下層にいる鉄クマよ。上に上がれば、父上を、父上をころした、あいつもいる。もしも危なくなったら、絶対に逃げて。そのために、携帯袋には引波の符を詰めていくこと。絶対、二人とも生きて帰ってくること。当主命令だからね」

「わかりました、姉さま」

「姉さん、俺も言いたいことがある」

「なあに?」

息をひとつ吸う。不意に脳裏に、色んな感情が散り散り浮かんだ。自分たちにかけられた呪い、死んでいった父、川の向こうで遊ぶ子どもは4歳になるという。自分の倍以上生き、それでも武器を握る術を知らないあの子どもが、俺は。

頭を振って、言いたいことだけをひとつだけ、口にした。

「絶対に、絶対に、俺たちが帰ってくるのを待っていてくれ」

一瞬の間の後、姉さんは力強く、頷いた。

 

***

 

きっと待っていてくれる。きっと二人で、揃って縁側で飯でも食ってるさ。そう話しながら走る。薯芋花は、ええ、きっとそのはずです、と頷きながら、息も切らさず走る。手に握る刀は熱く、炎の力を宿していることは明らかだった。絶対にこれだ。これを、持って帰れることが、本当に嬉しかった。

家に辿り着く。転がるように門をくぐると、ぱたぱた、と軽い足音が響いた。来た時よりも幾分しっかりとした表情、走るたび黄金色の髪が揺れるのが見えた。玄、ただいま、姉さんは、と声を出そうとして、喉が詰まったように声が出ない。

「おかえり!麺太、薯芋花!!!」

だからそんな声が、存外明るく、そして大きく響いた時は、安堵のあまり、ひざの力が抜けた。へな、と土間に尻をつける。見れば、薯芋花もまったく同じだった。慌てる玄の姿と、無事でよかったと目を潤ませる姉さんの姿。ああ、帰ってきた。帰ってきたのだ。

 

***

 

「あのね、麺太、薯芋花」

食事も湯も済ませて、いつものように討伐記録をつけていた時、あの日と同じ口調で、姉さんが呟いた。手を止めて、姉さんを見遣る。後ろでろうそくを変えようとしていた薯芋花も、見れば手を止めていた。

「来月の討伐のことなんだけど」

「討伐?」

食事中に、来月は討伐ではなく交神を、という話をしていたはずだった。遅れに遅れたが、自分も子を授かる時が来た、玄にも弟か、妹が来るんだよ、そんな話をしていたのに、討伐?

「あのね、わたし、来月みんなで討伐に出たいの」

「ええええっ!?」

驚いた声が、兄妹でぴたりと揃った。父がこの場にいたら、あのゆったりとした笑顔で、君たちは本当にそっくりだね、と言われるなぁ、と、頭の隅でぼんやりと思った。

聞けば、自分の体は、思ったほどには衰えていないこと。玄の訓練をつけていても、しっかりと体が動いたこと。そして何より、と語気を強めて、あの日と同じ、まっすぐな目で、姉さんは一気にまくし立てた。

「あのね、麺太と薯芋花が、わたしの子どものためにしてくれたことが、本当に嬉しかった。それで、訓練をつけていたとき、思い出したの。父上の背中、親子で討伐に出たこと。玄、訓練中に思ったんだけれど、少し気が弱いところがあるのよ。当主としてこの家を引いていくためには、芯の強さが必要なの。わたしが討伐に出ることで、わたしの背中を見せることで、あの子の中に何かが芽生えてくれたら、親としてこんなに嬉しいことはないわ」

にこ、と笑うその顔に、反論の余地は残されていなかった。

 

 

後編に続く