大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

姉さん 前編

思えば、討伐中から様子がおかしかった。

先陣をきって走る後ろ姿はそのままなのに、度々息を切らしては立ち止まり、それがなかなか元に戻らない。表情はいつもの笑顔なのに、薙刀を握る手を何度も見つめ、強く握ってはほどきを繰り返す。時折、空を睨むように見上げ、そんな時は話しかけても反応が鈍い。なにより、明らかに干し飯を口にする回数が減っていた。

それでも、分かっていても。

どう声をかけて良かったのか、今でもわからない。

 

***

 

「この先に、きっとアイツの言ってた、天女の怨念が封じられてるんだと思うの」

奇妙な動物を模った像の前で、後ろを振り返りながら、姉さんはそう言葉を発した。空気に満ちる鬼の気配は明らかに今までと違っていたし、俺も薯芋花も、その予想に異を唱えるべくもない。道を塞ぐように立っている像の腹部、明らかに出っ張った部分に触れると、見る間に像がかき消えた。でべそを押すと、像が消える。まったく、意味がわからない。

「どうする、進むか」

進んだところで、鬼の大将に俺たちの力が敵うかは分からない。それに、帰ったら姉さんのお子が来ているはずだ。

無理は、させたくない。そんな意図が透けていたのか、姉さんは明るく言い放つ。

「少しだけ様子が見たいわ。少なくとも、情報は持ち帰らなくちゃ。それに」

それに、の後が続かない。薯芋花が首を傾げ、姉さま?と声をかけた。姉さんはすぐに軽く首を振って、薙刀を構え直す。おそらく、言おうとしていた言葉を飲み込んで、言葉を紡ぎ直した。

「お子が待ってるもの。帰ったら、みんなでご飯よ」

 

***

 

「あのね、麺太、薯芋花」

玄が寝静まった後、討伐の記録と巻物整理をしていたときに、姉さんがぽつりと俺たちの名前を呼んだ。

「どうした、姉さん」

一瞬の逡巡があり、それでも意を決したように、呟く。

「二人には、ちゃんと、言っておきたいの」

言いながら、姉さんは指輪を外す。く、と喉がなる音が後ろから聞こえた。薯芋花は、姉さんがなにを言おうとしたのかを察したのだろう。それは俺も、同じだった。

それでも、それでも俺も薯芋花も、言わないでとは、言えなかった。再び意を決したように、姉さんが口を開く。

「あのね、多分、玄にこれを渡すことになると思うの。きっとわたし、も」

もうすぐだから、という言葉は、嗚咽の向こう側で消えそうになっていた。顔を覆うようにして涙を拭う姉さんの背中に、殆ど反射的に手が伸びる。父さんの死後、いつだって先頭で引っ張ってくれた、その背中。小さくて、それでも強い背中は、いま小刻みに震えていて。その背中に、縋るように薯芋花が重なった。俺は、そんな二人の背中を、さすることしか出来ない。ただ、ただ泣いてなるものかと奥歯を噛んだ。

交神から帰ってきたとき、次は麺太だからね、可愛い女神様のところ行くんだよ、と茶化してきた姉さん。自分たちの子どもはみんな、仲良しだといいなと言っていた姉さん。子どもたち、歳が近いといいなぁと言っていた姉さん。同じくらいの月齢だと、助け合えるでしょう?家族にはそうあってほしいから、麺太も早めに交神して欲しいんだ、と言われたとき、なら相翼院討伐の後にでも、イツ花さんに話してみるよ、と返したことを思い出す。予定なら、それは今月であるはずだった。

姉さんが交神でかの神を選んだ時を思い出す。九重楼のことを根掘り葉掘り聞いてくるから!!と言い放ち、それを聞いてイツ花さんが苦笑いしていたっけ。そして本当に、天辺にいる巨大な鬼のこと、楼の間取り、鬼が奪っていった防具や武器のことを、一から十まで聞き込んできた!と、帰るや否や息巻いていた。食事中はその話題でもちきりで、そんな、姉さんの姿が、次から次へと、脳裏に浮かぶ。

玄が来た時に、迷いなく剣士を選んだ姉さんが、言っていた言葉。

九重楼には、炎の力を宿した刀があるらしいの。この子には、それを振るう力があると思うのよ。それを絶対に手に入れたいの。

「九重楼には、炎の力を宿した刀が」

思わず口に出す。薯芋花は何を言っているのかと顔を上げ、怪訝そうにこちらを見ている。姉さんは覆っていた手を下ろして、ぐすぐすになった声で呟いた。

「タタラさまに聞いてきた刀のこと?」

「そうだよ。姉さん、薯芋花、今からの討伐計画を見直したい」

自分の脳裏に浮かんだ案が、肚にしっかりと落ちたとき、涙はもう何処かへ引っ込んでしまった。自分に出来ることを、絶対に成し遂げて帰ってきたい。次の世代に、姉さんの思いを、そして父さんの思いを継いでいくために。

「来月は九重楼へ行って、玄のためにその刀を取ってきたい。取らなければ、討伐を延長してでも、その刀を」

「ち、ちょっとまって麺太。来月は交神の予定だったじゃない。それに、討伐を延長って!一度家に戻って、それからまた討伐に向かうのでも」

「一度家に戻る時間が惜しいんだ。それならばずっと同じ場所に留まって、刀を持っている鬼を探したい。姉さんは、玄の訓練をつけてやりたいだろう?二ヶ月間、しっかり付けてやれる。それに」

一呼吸。互いの言葉を遮り合いながら、こうして話をするのは初めてかもしれない。もっと、討伐中も、話をすればよかったと思いながら。

「家族が武器を持って帰って来てくれるのは、子どもにとって嬉しいもんなんだよ」

 

 

中編へ続く