大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

此岸のわたし③

場を照らす二つの火が、じりじりと音を立てている。イツ花の傍らに置かれた手燭の蝋燭が燃えていくのが、いつもより随分早い気がした。
影が揺れている。いつだったか、こうやって明かりをつけて、姉と妹と、台所でつまみ食いをしたっけ。そのときの記憶が、やたら鮮明に蘇る。


「ねえさまが何かしていた、っていうのは……わかってたのよね」
言葉が、文字通り、口から漏れた。
それは息を吐くついでのような心地であったからかもしれなかった。何かを言おう、言葉を組み立てよう、という意思ではなく、ただ、息を吐くついでに、頭に浮かんだ言葉を漏らす。だからだろうか、我ながら、場違いに明るい響きだなぁ、とそう思う。
イツ花がゆるゆると顔をあげた。いつも鼻先にある小さな眼鏡が、さらに下にずり下がっている。
「それが、日録だとは……まぁ、あんまり予想してなかったけど。ねえさまのことだもの。こちらに負担をかけないように、とか、そういう気持ちで内緒にしたことくらい、想像できる。それになにかしてるなら、邪魔したくもなかったから何も言わなかったし………言えなかった」
そのまま、何も考えずに口を動かす。本心や本音は、こうして出てくるものなのか、と、そんなことが浮かんで、消えた。相変わらず足元からは冷気が這い上がってくるようで、けれど自分の顔は、血の巡りがおかしくなってしまったかのように熱い。
今際の際に、うわごとを言っていたねえさまの姿が、脳裏に蘇る。火傷で引き攣れた皮膚が、胸元の傷が、あまりにも痛々しかった。苦しいだろうな、辛いだろうな、と思うことしかできなかったあの日。こぼれる言葉を拾おうとしても、呻くような声に阻まれて分からなかった。今なら、その一端がわかる。ごめんなさい、と、日録に書いてあった言葉が、あの日の呻きに重なる。
「本当にやらないといけなかったのは、ねえさまと話をすることだったのよ、きっと……でもわたしにとっても、ねえさまにとっても難しかった。おかしいよね、話をするだけなのに。たくさん、いままでだって話してきたのに」
小町はわかっていたのかもしれない、と思った。少しだったけれど、小町と話をした、出陣前。もっともっと、いろんなことが言えたはずだった。けれど、私を追い抜いて逝ってしまったあの子にもまた、時間はなかったのだ。
「だから……イツ花」
はっ、と、イツ花の目が開かれる。開いていた距離を縮めて、イツ花の顔を覗き込んだ。
「あなたがうっかりさんで、良かった。あなたがここにこれを置いていってくれたから、私はねえさまが何を思っていたのか、すこしだけでも知れた。あなたは約束を守れなかったと思っているでしょうけど、それでも、私は知れてよかったと思うのよ。ねえさまがあのとき日録を書いていた、ということを知らなければ……きっと、もっと、色々考えてしまっていたから」
「それは」
「いまも考えてないわけじゃないのよ。何が書かれてるか、私のことがどう書かれてるから、知りたくてたまらない。でも、ここでこれを無理やり読んだら、あなたがそうやって悩んだ時間を無駄にしてしまう。それは、やっぱり嫌よ」
それは、ほぼ捲し立てるような勢いだった。相変わらず、私は考えて喋っていない。頭の中に浮かぶのは、いつだって美味しいご飯を出してくれるときのイツ花の笑顔で、それを頬張る私たちだ。目の前の表情に、気圧されたような色が混ざる。
手元の日録に、少しだけ目を遣る。乾いた墨だまりのなかに、私たちの名前があるのが、一瞬だけ見えた。きっとここには、話してくれなかった苦しさがある。ねえさまの、勝手な気持ちがあるのだ。
「ねぇ、だから。イツ花。これ、一緒に燃やしましょう」
え、と見開かれた瞳。
イツ花の眼鏡に、笑顔の自分が映って。
少しの静寂のあと、彼女は困惑を浮かべたまま。
ゆっくりと、頷いたのだった。

そのまま、二人で庭先に出た。転がっていた藁巻きを火種の床にする。井戸の水を用意しようとしたとき、イツ花は黙って、なみなみと水が入った桶をそっと、傍に置いてくれた。ああ、と帰ってきた時の景色に、遅まきながら合点がいく。
藁の上に日録を置いて、指の中で術を編む。編んで、そして、やっぱりやめておいた。ねえさまの命を奪いかけた火の術で、これを燃やしてしまうのは、やっぱり違う気がした。解けた火の粉が、夜の闇にぱちりと浮かぶ。綺麗だったけれど、やっぱりどこか、憎らしいような気持ちもあった。
「ねえ、イツ花、火打ち石を借りていい?」
「はい、……モチロンです、むぎ様」
イツ花から貰った火打ち石を、かつん、かちっ、と打ち金に合わせる。雑に散った火花を、細かくした藁で拾って、ふうふうと空気を送った。術で燃やすよりやたら面倒で、けれど、あの葬式の時よりもずっと、胸のつかえが解れるような気がしていた。
ぼ、と音が立つ。不思議と風はなく、空気が乾いているからか、藁の中で簡単に日録は燃えていった。白い紙は黒くなり、小さくなって崩れていく。爆ぜる音も、火が大きくなることもない。

手元の水を、黒くなった藁にかける。熾っていた小さな火は、燃え残ることもなくあっけなく消えた。
イツ花と二人、それを見る。
「ねえ」
「はい、むぎ様」
「ありがとう、イツ花」
「いいえ、お礼を言うのは」
「ううん。……いつもありがとう、イツ花。ご飯を作ってくれて、わたしたちのことを見てくれて、考えてくれて、ありがと」
頭を下げた。
足元には、黒く煤けた藁があるだけ。
はい、と小さな返事が落ちて。
そのまま、風に溶けていった。

しばらくの間そうしていて、頬も指先も冷えてきたからとイツ花を部屋に送り、お互い笑い合って部屋に引き上げた。

そしてそのまま、枕に顔を押しつけて、泣いた。