大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

前夜

生温く湿ったような匂いが、障子の隙間からぬるりと流れ込んでくる。とうに日は落ち、湯も浴びたというのに、着たばかりの寝巻は汗でへばりつくようだった。
昼間、庭ではひっきりなしに蝉が鳴いていた。夏はこれから盛りを迎える。まだまだ暑くなるのだろう。ひとつ、息を吐く。


先月。
ぐずぐずと降った雨の隙間で、気まぐれのように晴れた日に、大好きな人を見送った。
暑い、暑い、一日だった。

初めて看取った前当主様にも、立て続けに亡くなった姉さんへも、そして父にも。今まで、当たり前のように開かれていた天界への扉。けれどそれが、ゆめねえさまのために開かれることはなかった。
火が消えたような、風が止んだような、あまりに静かな最期。全員が茫然とする中、川向こうのお寺さんが経をあげてくれますので、というイツ花の言葉で、なんとか我を取り戻したあの日。当主の仕事だからと自分に言い聞かせ、教えられるがまま、先祖が眠る墓へねえさまを埋葬し、全員で手を合わせた。じんじんと頭が痛んで、見える景色も、かけられる言葉も、どこか脳の浅いところを滑っていくような感覚。低い読経の中、立ち上る線香の煙はただ消えていくばかり。どうして、という言葉は、誰にぶつけることもできず、喉の奥でしぼんでいった。帰り道、家族を鼓舞する言葉を何か、と拳を握り締めて、それでも何も浮かばず、口の中に湧いた唾だけを飲み込む。そんなことを、家に帰るまでのあいだ、何度も何度も繰り返した。
家に着いても、やはりなにも話すことは出来ず、夕食の時間になっても家族の誰もが口を開かなかった。皆、開けなかったのだろうと思う。一様に、少し食べては皿を下げ、部屋に帰っていく。そんな家族の背を、わたしは見送るだけしか出来なかった。
静かな部屋の中では食べる気力など湧いてこない、はずだった。けれどわたしは、何かに急き立てられるように、一人居間で目の前の皿を空にし続けた。二杯、三杯と飯をかきこみ、湯で流し込む。よく煮えた菜っ葉も、濃く味付けられた肉も、具の少なくなった汁物も。ただひたすらに、食べ続けた。

翌日。新たに立てられた墓碑を確認に行くと家族に伝え、一人で墓に向かった。反対する人はおらず、むぎ姉様は俯いていて、楽紗は、お願いしますと頭を下げただけだった。足を引きずるように向かった先に、当たり前に氏神の名前はなく、ただ、皆で呼んだ名前だけが一文字、刻まれていただけだった。赤く、燃えるような夕焼けの中、ぼんやりと並んだ文字を眺めながら、せめて安らかにと、それだけを祈る。
胸の奥には、消化しきれない悲しさと苦しさと、そして寂しさが、もやのように積もったままだった。
ああ、命の終わりは、こんなにもあっけないものだっただろうか。
ただひとりで、そんなことを、考えていた。


そして今、あの日のことを思い出しながら、ただぼんやりと時を過ごしている。

父の形見である継承刀を、膝の上に乗せる。当主預かりになったあと、ずっと当主の部屋に保管されているもの。見た目よりもずっしりと重く、これを振るっていた父の姿は、いつだって紅い炎とともに思い出せる。まぶたの裏にしっかりと焼きついているのは、最期のそのとき、ねえさまに養老水をつかったときのことだ。
そして頭に浮かぶのは、どうしよう、と、そればかり。
討伐に向かえばいいのか、ならばどこに行けば良いのか。こういうとき、むぎ姉様と話しをするのがいいとは思うのに、部屋を訪ねることもできない。家族が共に過ごす食卓でさえ口を開くことができず、逃げるようにただ、当主の部屋の中で一人、ぐずぐずと考えているだけだ。早く決めなくてはと思うのに、どうにも思考がまとまらない。
ああ、今日はもう寝てしまおうか、と。
そう思った、ときだった。

「当主様!夜分遅くに失礼する!少し、わたしの交神のことで話がしたい!」

じっとりとした生温い空気を切り裂くような声が。
部屋の外から、とんでもなく場違いに、大きく大きく、響いた。