大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

もみじがあかくそまるとき

思えば、様子はおかしかったのかもしれない。
ずっと進めなかった、墓の奥。その場所で新しく武器を手に入れたというあの月も。きりえ姉上とむぎの奥義が要だったとはいえ、2本目の髪討伐という大戦果を得たあの月も。
屋敷に戻ってきた妹の顔は、ひとり、何処か晴れてはいなかった。
翌月、ついに倒れた姉上の手を、代わる代わる握ったあのとき。
必ず帰るね、みんなで戻るねと、強く強く手を握っていく妹たちの姿を、夢は後ろから、ただじっと見つめていただけだった。
思えば、やはり様子はおかしかったのだろう。
何かあったのか。思うところがあるのか。調子が悪いのか。それとも、全く違うことで、悩んでいるのか。
けれど俺は、うまい言い方も、うまい聞き方もわからないまま。
結局、何も言わず、死を迎えようとしていた。
きっと自分よりも、そうするのに適任な人間がいるだろうと、そう思って。

それを後悔したのは、夢が髪に貫かれたあとだった。


****


「もみじ兄さん、なにやってるの」
背後からかけられた声に、一瞬肩が浮き上がった。身に付けた鎧ががちゃ、と音を立て、未だ低く結ったままの髪が、ざらりと背中を撫でる。そのまま振り返れば、自分と同じく、すでに戦装束を身に纏ったむぎが、蔵の入り口から不思議そうにこちらを眺めていた。
刺さるような日差しが人型に切り取られ、舞っている埃が光の帯を作る。蝉の鳴き声は四方八方から響いていて、ぬるく湿った風が、俺とむぎの間を通り抜けた。全身に纏わり付くような暑さに、思わず長く、息を吐く。ぱたっ、と音を立てて、汗が一雫地面へ落ちた。逆光のなか、俺がここにいることへの疑問と心配が、ぼんやりと見て取れる。
「準備」
「え……?何か、入れ忘れた?」
「ひとつな」
携帯袋に詰める物資の確認は、全員で済ませたばかり。不思議に思うのは当たり前だろうが、嘘を吐くつもりもなかった。むぎから視線を外し、薄暗い蔵の中、一際奥の棚に押し込めるように置かれた薬壺に手を伸ばす。蓋に封をするように掛けられた、艶のある紫の帯が、こちらを見ていた。
帯に書かれた文字をなぞる。
養老水。
死の淵にある者を、こちらへ呼び戻す水だ。
ざらついた薬壺をゆっくりと引き寄せて、そのまま懐に入れた。
「兄様…?」
むぎの足音が、後ろから近づいて来る。彼女の足音は、いつも分かりやすい。感情がそのまま滲んでいるのだろうと、なんとなく思った。隠すことをしないのは、良いことだと素直に思う。
「それは貴重だから、先々のために取っておこうって、さっき話したばっかりじゃ」
「そうだな」
振り返る。
「……それを言い出したのは?」
足音の通り、不安と疑問を浮かべた表情が、そこにあった。声を低めて言った言葉に、むぎの表情が、歪む。
「……夢ねえさま」
「うん。だよな。髪に挑むって言い出したのも夢だ。何が起こるか分からない、しかも先月、実際あれだけの傷を負ってる本人が、わざわざこれを取っておこう、って言い出したのが、気になってな」
むぎの表情は歪んだままだ。彼女も、夢の行動について、思うところがあったのかもしれない。ひとつ、息を吐いた。
「使わないなら、それに越したことはないからな」
それだけ言って、蔵の外へ足を進める。
むぎが、数拍遅れてついて来る音がした。

「……そうか。誰かが倒れることを、前提にして動かないといけないんだ……頭に、入れておかないといけないんだ」

独り言のようなむぎの声が、生温い風に溶けていく。
相槌を打とうか迷って、結局、それを喉の奥に押し込めた。
言葉を返さないまま、蔵を出る。
もしも万が一のことがあったら、そのとき。
きりえ姉様のように、天上から助けてやれるだろうかと。
そんなことを、思ったけれど。
結局それも、口にしないままだった。


次回更新に続く