大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

すすむことができるなら②

親王鎮魂墓に行く、という大筋は決まったものの、初陣の小町を危険に晒すわけにはいかない。小鉢も含め、猫が舐めたあとのようになった皿を片付けながら、イツ花に洗いを任せて、改めて全員で膝を突き合わせた。不安を押し込めようと大きな声を出すむぎの横で、もみじが難しい顔をしている。ああ、心配なのだろう。気が逸っているのか、もっと奥へと進む案を口にする小町に、当主が倒れるわけにいかないだろう、と告げたときの表情は、言葉とは裏腹に父親の顔だった。紅の髪、紅の瞳。誰かの面影が、重なったような気がした。少しの眩暈。ああ、風が抜けていく。

昼下がりの、柔らかく穏やかな、春の風だった。

結局、髪を切りに行くのは来月に回して、今月は道中の大将を相手取ろう、出陣は明日早朝、今夜は各自で準備を進めておくようにー…と、話は存外に滞りなく纏まった。それは、皆がわたしの出陣を望んでくれ、留守番役をもみじが買って出てくれたおかげでもあった。おそらく戦力としてよりも、わたしの寿命を見越してのことだろう。直接口にする人は、いなかったけれど。

 

夜、皆で食事を終え、話していたとおりに、それぞれが出陣準備を整える。同じ職、同じ性別。親子。同じ部屋で、同じように準備してきた娘の背中を、ゆっくりと見る。

「むぎ、ちょっと」

「ん」

夜の帳が下り、ぼんやりと置行灯の明かりが影を揺らしている。少し冷えた部屋の隅、胡座をかき、背中を丸めて準備を進める娘に声をかけた。返答は短く、やや緩慢な動きではあったが、振り返るその動作はどうやら嫌がっているという様子でもなかった。そのまま、言葉を継ぐ。

「あのね、やってみたいことがあるの。今月それがうまくいけば、来月の戦果に繋がることなんだけどね」

「ん」

「あなたが来たばかりの時に、奥義を教えたでしょう。あれを、術のように併せることができたら、大きな力になると思うのよ。わたしが居なくなったあと、その穴を埋めるのはあなただから。だからね、今月。迷宮の最奥にいる大将へ、それを………」

そこまで口にしたとき、むぎはふい、と視線を外してしまった。そうして、声をかけた時と同じようにこちらに背を向け、胡座をかいて背中を丸めてしまう。胸のあたりがざわりとした。無視しようとしているのか、と、思わず息を大きく吸い込む。

「むぎ、聞いてるの」

そのまま、声を上げた。家族相手に、それも血を分けた娘に、ここまで大きな声を出したことがあっただろうか。背中は一度びくりと震え、わたしが出し慣れない自分の声に慌てているうちに、小さく、小さく声が返ってきた。

「……ごめんなさい」

「あ……」

違うの。怖がらせるつもりじゃあ、なかったのよ。父上は、嗜めることはあっても怒鳴ることはなくて、むぎはそっぽを向いたままだ。どうするのが正解かわからないまま、俯いたままの娘を見る。形容しがたい、沈黙が落ちた。

「……….この戦いが終わったら、母様、いなくなっちゃうの」

そこに、ぽとん、と転がるように小さく、娘が言葉を発した。え、と思わず膝をつき、娘のそばに腰を下ろす。見れば、震えていたのは肩だけではない。頬が強張り、噛み締められた唇が、震えている。

「むぎ」

「ごめんなさい。ちゃんと聞くから。母様の奥義、一緒に、やるから」

慌てて呼んだ名前はしかし、ぽろぽろとこぼれる彼女の声と一緒に、畳の上に散らばってしまった。自分の口にしたことが彼女を傷つけたのだと、ようやく脳みそが理解する。ああやっぱり、気づくのが遅い。

ひとつ、息を吸った。

おちつけ、わたしは。頭の中で、父上が、錦兄上が、何度も言ってくれた言葉が、ぐるぐると巡る。おちつけ。大丈夫。大丈夫。

「むぎ」

 名前を呼びながら、彼女の肩を抱きしめた。ぐ、と堪えるような音が、むぎの喉から響いたのが聞こえる。背中をゆっくりとさすりながら、言葉を選んだ。

「あのね、むぎ。母様は、すぐにはいなくならない。でも、錦兄上や、むぎのおじいちゃまがそうだったように、いなくなって……死んでしまうことは、それは、変えられない」

「……うん」

声は震えていたけれど、すぐに返事があったことに安堵した。嫌われたわけでも、無視された訳でも、奥義を蔑ろにされたわけでもなかった。その安堵と同時に、今まで意識してこなかった、そう、父が亡くなったときですら強く意識しなかった、呪いというものの不条理さが、本当に、本当に今更になって、じくりと音を立て、胸に刺さる。

けれど、だからこそ、伝えなければいけないことがある。その機会があるのは、きっと幸せなことなのだから。そう自分に言い聞かせ、口を開いた。

「だからね。むぎと、一緒に討伐に出られて、母様は嬉しいの。だからね、戦うところ、ちゃんと見てて欲しいの。一緒にやれば、一人よりずっと、強いちからが出せると思うから。それが、これから、むぎが戦っていくなかで、強い鬼に立ち向かうとき、むぎの自信になるはずだから」

随分しどろもどろな、まるで綺麗に整えられていない言葉だった。錦兄上なら、きっともっとちゃんと伝えられるんだろう。ひたち姉上は、言葉にしなくても伝えてくださった。父上は、ああ、わたしと同じだったのかもしれない。

息を吸う。今自分が出来ることは、きっとこれで合っているのだ。抱きしめた肩越し、すっかり着古した白い着物の背中が、ほんの少しほつれているのが、橙の明かりにぼんやり浮かんでいた。むぎの体の強張りが、ほぐれていく。そして、ゆっくりと、胸の中でむぎが、頷いたのがわかった。

 

******

 

 

「あのね、むぎ。もし、母様が思うとおり、奥義の力で鬼の大将や髪を討ち果たせたら。そのときは、一緒に、どーよ!って、言っていい?」

「もう。それ、馬鹿にしてる?」

「してない、本気」

「そっか。うん。いいよ、約束」

 

そう言って笑う彼女の表情は。

親の欲目かもしれないけれど、それでも、自分によく似ていたと、そう思う。

 

続く