錦色の夢
予定通りだった。
自分の体が思うように動かなくなる。食欲が落ち、うまく嚥下することができなくなる。記録を見ていれば、それが起こることはわかっていたことだった。そして予定通り、それは自分の体に訪れた。むしろ、1歳8ヶ月で逝った父や前当主に比べれば、一月猶予を貰ったようなものだ、とさえ思う。
あの、夏。むせ返るような自分の血の匂いと、暑くてたまらないはずなのに、芯からくるような凍え。死ぬことを間近に感じたあの、手痛い敗走のあと。家族と計画を立て、作戦を練り直し、自身の足りぬところを補ってもらいながら、飯を食い、一歩一歩着実に進んできた。季節が変わり、時間は進み、子を迎え、訓練をつけた。次の世代、笑い合う娘たちの顔を見ながら、ああ、これで自分の役割は終わったのだと、他人事のようにそう思う。
自分はそうやって、命の終わりに向かって進んできたのだ。
なのに。
今頃になって、命が滑り落ちていくのが惜しい。
***
目の前で、髪が倒れ臥す。きりえの歓声があがる。もみじの雄叫びが聞こえる。夢がぼんやりと、目の前の光景を眺めている。あの敗走から7ヶ月、自分の命の終わりを感じてから、それでもここまで来たのだ。獅子奮迅、と言っていい、きりえともみじの活躍。この二人が前衛で立ち続け、攻撃を躱し、はじき返し、叩き込む。その背中を、その姿を、あのふたりはいまも見ているだろうか。きっとそうだ、見守っていると言っていた。そうだ、きっと。
季節外れに流れる汗を、もみじが拭っている。みれば、きりえも同じだった。当たり前だ、強大な鬼を、たった今討ち倒したのだから。夢が回復の術を掛けている。二人が笑顔でそれを受けている様子が見える。見えるのに、自分の耳には、ただ風が抜けていく音だけが響いている。帰ろう、そう声に出そうとして、うまくいかない。
「……ご……した?」
「と、当…さま?」
「…上……?」
三人の目が、こちらを捉えている。三人が何か言っているのはわかる。何を言われているかも想像がつく。胃の腑が、妙に痛んでいる。装束越しに腹を摩った。
そのとき、こぷんっ、と音がした。口の中が急激に酸く、苦く、そして生臭くなる。何だ、と思った時には遅く、消化されていない兵糧と、胃液が口から溢れた。三人が駆け寄ってくる。何も聞こえないまま、もう二、三度、胃がひっくり返るような感覚に襲われた。吐き戻そうとする胃の内部、生理的な涙が目端から溢れた。吐瀉物に、やけに鮮やかな緑が混ざり始めたのが、そのとき最後に見た光景だった。
***
目を開く。
見慣れた天井が、そこにあった。
体の芯は冷え切っている。それでも、握り込んだ手はあまりに熱く。
頭が、割れるように脈打っていた。