大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

炎のように②

ごうごうと、炎が音を立てて燃え盛る。

 

当主である錦は後衛。更に、三人が初めて向かう迷宮ということもあり、今回の討伐で唯一土地勘のあるあたしが、先導の役目を仰せつかっていた。溶岩が流れる足元、きりえに注意を促しながら、少しだけ後ろを振り返り、首元をぱたぱたと扇ぐ息子を見る。

火の術をものともしない力は、竜馬さまが息子に下さったもの。こと、火の鬼が多いこの迷宮では、白骨城で受けたあの術を思い出すことも多かったけれど、この子ならそれをものともせず、進んでいけるに違いない。

ひとつ息を吐いた。気を抜けば足を取られてしまう、岩のような地面をしっかりと踏みしめながら、肌を焼く炎の、噴き出す音を聞く。

討伐は、極めて順調だった。

 

***

 

術が二つ、武器が二つ、防具が一つ。最奥一歩手前まで進むことが出来たという事実。鬼を下し、めきめきと鋭くなる息子の刀。

月の終わりにどっさりと手に入れた戦果。きりえも息子も、巻物や防具を手に取りながら、すごい、よかった、と口々に話している。二人とも顔が真っ赤で、次から次へと汗が滴っていた。

「ご当主。帰るだろう」

息子が、そう口を開いた。息子にまで、ご当主を名前で呼んでしまう癖が移らなくて良かった、と思う。訓練の時に言って聞かせた甲斐があるというものだ。帰るだろう、そう言われた錦は、しばらく遠くを見ていた。

「ご当主?」

問いかけには答えず、錦が、こちらに視線だけを向けた。思わず、薙刀を握る手に力を込める。応えるようにひときわ大きく、刃先で炎が煌めいた。視界の端で、ちかちかと岩が燃えている。

「……討伐を続行しようと思っている。全員の同意が得られれば」

「えっ…え、と、当主、だってもうこんなに…それに、今帰れば、帝からお金だって出るんじゃ」

きりえが真っ先に口を開いた。同調するように、息子が頷きながら錦を見ている。しかし、錦は二人の様子など見てはいない。こちらを、じっと、見つめている。

「討伐記録には、討伐続行時に鬼の動きが活発になることがある、とあった。確実ではないにせよ、事実、今蔵にある武器はそうして手に入れたものも多い。姉上殿が使っている薙刀も、そうやって手に入れたと記してあった。帝から出る金も魅力だ。しかし店にない武器や防具、術が手に入るなら惜しくはない。何より、ここへ来るまでにそこそこの時間を要した。ここで続行し、じっくり一月鬼を殺し続ければ、効率よく強くなれることは間違いない。前当主の記録にもあった。経験は、最大の戦果だ、と」

まるでよどみのない言葉に、きりえと、息子が息を呑んだのが見えた。約ひと月前、汁物を啜っていたときのような、お父上に似た声音ではなく、すっぱりと斬るような言葉尻。そこに《当主》としての錦が、見えた気がした。

「あたしは、続行に異論はないわ」

その目を見据えながら、口を開く。程なくして息子が頷き、きりえは最後まできょろきょろと、錦とあたしを見比べていたけれど、やがて、慌てたように頷いた。

「なら、このままここで討伐を続行する」

錦がそう呟き、大筒を構え直す。金属が擦れ合う音に合わせるように、全員がもう一度頷いた。

年少二人はしきりに流れる汗を拭っている。ほんとに暑いね、と声をかけあう二人を見ながら、そういえば前来た時のように、汗が流れてこないことに、今更ながら気付いた。

 

薙刀を握る。

錦がこちらを見ている。

炎が宿るはずの刃先は、鈍い銀色のままだった。

 

***

 

おかしい。おかしい。おかしい。

足を踏みしめているはずなのに力が入らない。炎の力がうまく伝わらない。力が抜け、4度目に薙刀を取り落としそうになったとき、落としてなるものかと装束の裾を裂いて、左手に括り付けた。これで、素早く二回刃先を返す必要のある奥義は使えない。けれど、この、この武器を落としてしまうよりはいくらかましだった。敵の攻撃は心の臓を抉るようで、装甲が馬鹿になったかのように、痛みが骨に染みる。きりえが心配する声も、息子がこちらに伸ばす手も、何故だかひどく遠くに感じられて、ただ鬼だけが目の前にいる。

薙刀を振るう。踏み込んで、薙ぐ。今まで一閃で霧散してきた鬼たちは、攻撃を加えてもたじろぎさえしない。けたけたと笑うその姿に、悔しさだけが煮えたぎった。拳が踊り、刀が舞い、散弾が敵を片付けていく。鮮やかだ。そう思った。それに比べて、あたしは。

縛り付けた布きれが解けるたび、何度も結び直す。けれど、うまくいかない。鬼がこちらへ踊りかかり、息子ときりえが向かっていく。ああ、あとに続かなければ。口で端を噛んで、もたつく右手で縛り直す。そのとき不意に、自分と揃いの、褐色の指先が布切れに触れた。

「結びますよ、姉上殿」

「…にし、き」

目の前で交戦する声と音が聞こえる。きりえの連撃が、もはや見慣れた鬼を打ち倒した。あたしも、と焦る気持ちに相反して、ゆっくりと布切れが巻かれていく。

「錦、ぁぁああたしも」

戦うから、そう声を出そうとしたとき、大将である紅こべが倒れ臥すのが見えた。熱気で霞んだ目を凝らせば、もみじが振るった刀が淡く輝いている。きっとまた、鋭くなったのだろう。けれどいつもならすぐに消える光が、刀身に宿ったままだ。

錦の指が離れ、家族のほうへ歩みを進めた。その後を追おうと、同じように足を踏み出す。危うく傾ぎそうになりながら、なんとか踏ん張った。もみじ、その刀はどうしたの。言おうとしたけれど、小さな爆発が背後で起き、熱波が背中を焦がして遮られた。熱い。音を立てて噴き出す蒸気のせいで、あたりの音が聞こえない。錦が再びこちらを見た。珍しく目を見開いている。どうしたの、言おうとして、喉が張り付いて動かなかった。時間の流れが急速にゆっくりになり、錦の口元が大きく動いた。

 

薙げ!!!

 

もみじが駆け出してくる。ぐ、と片足を前に踏み出し、大きく振りかぶるような動き。今までの構えとは全く違う。何を、と思う間もなく、もみじは掲げた刀身をそのまま振り下ろした。次の瞬間、鋭い風が巻き起こり、刃になったそれらが刀を離れていく。気がついた時には、背後で鬼が、断末魔の悲鳴をあげていた。

しばらく、誰も、何も言えなかった。

驚きの中、最初に動いたのはきりえだった。今のは何、もみじ、やった、すごい、そう言いながらはしゃいでいる。当の本人は困ったように、何だろうな、と笑っていた。助かったわ、ありがとうね、手を伸ばす。声は出ていただろうか。母さまやりました、嬉しそうな返答が、耳のほど近くで聞こえた。その表情が、あの日の自分にはっきりと重なる。そういえば、あの時、あたしが奥義を創作したあのとき。父さまも、同じだった。ああそうか、あのときと今は一緒なんだ。父さまはあたしの奥義を見て笑っていた。やったな、よくやった、兄たちの声が聞こえる。討伐を延長して、倒れそうになりながら九重楼の階段を上る背中、支えてあげなければ、母さま、呼ばれる、そうだ、あたしは

膝の力が抜け、視界が急激に狭まった。

左手に縛り付けた薙刀は杖代わりにらず、そのまま前方へつんのめる。悲鳴のような二人の声が、吹き上がる蒸気の音にかき消されていった。

 

霞んでいく世界の中、ただ一人。

錦だけが表情を変えずに、前を見据えているのが見えた。

 

③に続く