炎のように①
薙刀の柄を、握っては離し、離しては握る。
あたしの武器だ。ずっと、ずっと、使い続けてきた、あたしの武器だ。握る。離す。そして握る。そのたび、刃先に炎が宿る。
薄暗い九重楼で、父さまが討伐延長をご当主に願い出てくれて、手に入れた武器。あのときのことは、まぶたの裏にはっきりと焼き付いていた。
目を閉じれば思い出せる。嬉しかったこと、父さまが心配だったこと。あのときのご当主の表情、旭兄さまの声。
それでも、父さまが逝って、少しずつ、薄れてきはじめていた、あのときのことを。
旭兄さまが逝って、ご当主が天に昇った。
最近になって、何度も何度も夢に見る。
***
討伐と討伐の間、卓袱台を囲んで食事をする。
討伐中に詰め込む乾物とは違う、柔らかく温かいごはんの香り。いただきます、と手を合わせながらめいいっぱい吸い込めば(食卓に、あのにっくき生の胡瓜はなかった、大勝利だ)、食欲をそそる味噌汁の香りが鼻腔に流れ込む。椀を覗けば、具は薄く切られた玉ねぎと豆腐、乗っているのは山盛りの葱だ。隣には山盛りの白米、大皿には白菜と肉の煮物、小鉢には漬物。卓袱台いっぱいに並んでいるそれらに、思わず口角が上がる。今日も、美味しそうだ。美味しいだろう。
「に…ご当主は、本当に汁物が好きなんだね」
真っ先に汁物に手を伸ばす現ご当主に、思わず声をかける。
彼が当主を継いでから、努めてご当主、と呼ぶようにしているけれど、時々うまくいかない。そのたびにごめん、と内心では思うけれど、当の本人が、全く気にしている様子はなかった。
「あぁ…まぁ、好きですねェ」
眉ひとつ動かさないまま、肯定の言葉が返ってきた。声の感じは全然違うのに、こういうときの言葉は、旭兄さまによく似ているな、と思う。息子はかきこむように白飯を口に運び、その横ではきりえがお茶をすすっていた。
ひたち、あまり慌てて食うな、と、頭の奥で、声が聞こえた気がして。
鼻の奥がつんとした。
馬鹿、あたしがこんなんでどうするのよ。一番上はあたしなんだから。自分に言い聞かせて、箸を手に取る。とにかくたくさん食べて、次の討伐に備える、今まで散々足を引っ張ってきた今の自分が出来ることは、それだけなのだから。
白飯の上に煮物を乗せ、一気に口に運ぼうとしたとき、不意に視線を感じ、顔を上げる。
「……?どうしたの、錦」
「いえ」
視線の主に声をかけたけれど、短い否定が返ってきただけだった。そう、と流して、今度こそ箸を口に運ぶ。
ああ、また名前で呼んでしまった、と思ったけれど、やっぱり本人が、それを気にする様子はなかった。
***
討伐先は、紅蓮の祠。
月が変わり、投資や買い物を終えた錦が、家族にそれを告げたのは、ついさっきのことだ。
討伐準備を進めながら、薙刀の柄を握り、そして離す。
討伐隊の中に、自分の名前が入っていることが嬉しい。何度も袖を通した装束の帯を結んで、拳を握りしめた。
紅蓮の祠。
ひたちがいてくれてよかった。あのとき、ご当主が笑ってくれた迷宮だ。
強ェなぁ、と、兄さまが言ってくれた迷宮だ。
足を引っ張り続けた自分でも、ここでならと思えた迷宮だ。
錦は、前ご当主が残した討伐記録を見て、紅蓮の祠を選んだと言っていた。なら、相手取るのはあの鬼だろう。もしかしたら、先に進めるかもしれない。
立ち上がる。
「…やってみせる、きっと」
それが、たとえ『何』であっても。
気力も体力も十二分だ。
もう一度、ぐ、と柄を握る。
薙刀の刃先が、いつにも増して、紅く、輝いていた。
②に続く