大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

いつもの通り、いなくなるだけ

最初の症状は、食欲だった。

 

目の前の皿が、いつまでたっても空にならない。嚥下するとき、かすかに喉に違和感がある。なかなか、食が進まない。

視線を巡らせれば、当主様はいつものように誰よりも早く飯を平らげ、来たばかりのお子の面倒を見ていた。肌の色は違うがよく似た親子で、水を飲んでいる最中に噎せて混乱する顔など、全くそっくりだった。お子に向かって発される、ゆっくり食え、と言うその台詞を、丸ごと返してやりたくなりながら、やりとりから視線を外す。

ひたちは交神から帰ってきたばかりで、昨日からどうにも惚けたような顔をしている。かっこよかった、いっしょにご飯をたべたの、という言葉を、何度聞いたことか。その度に、はいはい、知ってるよ、と兄二人で聞き流してきた。今も、遠くの方を見ては、ため息を吐いている。緩んだ口元へ、思い出したように蓮根の煮物が運ばれていった。

自分の子はといえば、黙々と白飯を口に運んでいる。汁物が好きなようで、蕪の入った味噌汁は、ほかの家族よりも一回り大きな椀で供されていた。自分に似ず背筋はぴんと伸びていて、腰元程度までしかない、低い卓袱台に合わせることなく、真っ直ぐに保たれたままだった。

選考試合、そして、ひたちの交神。いつもの討伐よりも、運動量の少ない月が続いたから、まぁ食欲もねェわなぁ、などと思いながら、深く息を吐き、箸を置いた。そのくせ、どうにも体が重い。

「……父上殿、もう良いのですか」

「ん、ごちそーさま。ちょっと出掛けてくらァ」

きりえ、落ち着いて食べなさい、また喉に詰まらせるぞ、という当主様の声を聞きながら、席を立った。足を進めると、一瞬、視界が黒くなる。その奥に、姉と兄と、母の顔が見えた。

あぁ、なるほどな、と思った。

「あ、旭兄さま!気をつけて!」

買いに行くものが、ひとつ増えたことを感じながら、ひたちの声を背中に受け、ひら、と手を振った。

 

****

 

「紅蓮の祠ァ?」

「ご当主、あたしも行っていい、って…?」

討伐準備。当初の予定では、ひたちがきりえの訓練を付け、男三人での出撃を、ということだった。しかし、出発直前になって当主様から発表されたのは、それとはまったく違う内容。準備をしながら、全員が当主様を見ている。それは、俺も含めて。

「ああ。まだ行ったことのない迷宮だ。本来であれば、育ち盛りの錦、きみの修練を兼ねた迷宮に行くべきだとは分かっているんだが。予定を変えたい」

「当主様。理由をお伺いしても」

息子が口を開いた。ゆったりとした口調。異を唱えているのではなく、純粋に疑問なのだろう。当主様が、ひとつ頷いたのが見えた。

「討伐が終われば、ひたちのお子がやってくる。選択肢を増やしておきたいと思ったんだ。今まで攻めてきた迷宮に、指南書の類はもう無かった。先代までの討伐記録を見ても、おそらく同じ迷宮に、二つ指南書はないだろう。なら、残りは紅蓮の祠か、忘我流水道。ひたちがお子の訓練をつけるなら、戦力が整っているのは…今しかない。それなら、ひたちと、俺の火の力を活かせる迷宮で、指南書を探したいんだ」

まるで、長台詞を回すような口調だった。

おそらく、悩んだのだろう。悩んだ末に出した結論なら、俺に口を出せることは何もない。一瞬、息子がこちらを見、そしてもう一度頷いた姿が、視界の端を掠めていった。

「娘の訓練を、まだ若いきみにお願いすることになるのは、心苦しいのだけれど」

「いいえ、当主様の決定であれば。訓練、お任せください」

きりえが当主様の顔と、息子の顔を交互に見ている。そのあと、慌てて何度も頷いた。きりえの口は半開きで、当主様がため息をつき、その向こうでひたちが拳を握りしめている。討伐に出られるのは、ひたちにとってやはり、特別なことなのだろうなぁと、なんとなく思った。

「そうと決まれば、準備を進めねェとなぁ」

ぼやくような声を吐き出して、ふと、自分の手を見た。

震えもない。力も入る。いつもの通りだ。

おそらく、このまま。

いつもの通り、いなくなるだけ。

薄く笑って、携帯袋に視線を落とした。

 

 

後半に続く