大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

幕間

「本当に、すまない」

ご当主は、口を開けばそればかりだ。

気付かれないよう、ため息をひとつ。

 

何せ、目を覚ましてから三日、身の回りのほとんどはご当主がしてくれている。着替えの類はイツ花さんが代わってくれるけれど、食事の介助から寝返りの補助に至るまで、いいよと言っても聞きはしない。時折顔を出してくれる旭兄さまは、日中は庭先で訓練をしていて、時折威勢のいい掛け声が聞こえてくる。来たばかりの錦とは、まだゆっくり話せていない。

「ご当主、ねぇ」

呼びかけても頭を下げたまま、中々目を合わせてくれない。きっと今、何を言っても、この人は自分を責め続けるのだろう。布団の上で体を起こしたまま目を閉じて、もう一度開く。ご当主は膝を畳んで、伏したままだ。

 

白骨城で、巨大な鬼と戦った。

見たこともない大きさの、顔も体もない異形の鬼が、目の前に立ち塞がる。目の前一杯に骨の手足が伸びてきて、抉られる痛みは吐き戻すほど強烈で。それでも、編み出した奥義はたしかに役に立ったし、今まで足を引っ張ってきた自分が、前衛でご当主の術を受けながら力一杯薙いだあのときのことは、しっかりと胸に焼き付いている。

 

昨日見舞ってくれた旭兄さまは、しきりに「そんなところまで父親に似なくたっていいんでさァ」と言っていた。聞けば、ご当主が来たばかりのころ、父さまが同じような状態であったらしい。二人で討伐に出て、大傷を負って帰ってきた、その翌日に訓練を付けてもらったと言っていた。そのとき隊を率いていたのは、ちいね姉さま。ご当主の、おかあさまだ。

思い返して、ああなるほどと思う。胸に、焼きつくような悔しさがあった。

「あぁ、親子揃って、こんななっちゃうなんて」

つい口から溢れた言葉に、ばっ、とご当主の顔が上がる。眉が下がって、顔色がさらに白い。ちがう、ひたち、と小さく動く、その薄い唇が震えている。

かっ、と頭が熱くなる。

「何が違うの、ご当主。父さまがどうだったかは知らない!でも、負けたんだよ。あのとき負けたのは、あたしだ!はっきり覚えてる。鬼の大群が一気に襲ってきたこと。薙刀を、かけらも動かすこともできなかった」

「ひたち、それは」

「あたしは!それが、悔しい!!力が足りなかった!あのとき負けていなければ、気を失わなければ、もっと先に行けたのに!!悔しくて、それが、あたしが強ければ!!」

気付けば、ご当主の発言を待たずに、衝動に任せて叫んでしまった。吐き尽くした息の先に、呆然としているご当主の顔がある。言い終えたあと、自分の過ちに気付いた。あぁ、なんてことを。

「ごめんなさい、ちがうの、あたし、親子揃って、っていうのは、その、ご当主の…ちいね姉上のことを、言ってるんじゃなくて、その…」

「いや、それは…分かってる、大丈夫」

しどろもどろに言い合ったあと、少しの沈黙が落ちた。ちいね姉上のことも、父さまのことも、二人をどうこう言う気はこれっぽっちもなかった。誤解が生じなかったことに、分かって貰えていたという安堵に、ほっと息を吐く。大きな声を出したからか、術で塞がった傷口の奥が、しくしくと痛んだ。そこに手をやって、一日でもはやく痛みがひかないと承知しないぞ、と念を込める。

「ね、ご当主」

「…ん?」

ようやくこっちを向いたご当主と、しっかりと目が合った。たぶん、三日ぶりだ。目をしっかりと合わせたまま、声を出す。

「来月、あたし、討伐出られないよね」

「…難しいと思う」

「ご当主、交神あるでしょ。言ってたもんね」

「…ある」

何を言うのか、というご当主の困惑した視線が、あたしをじっと見つめてくる。もういちど、息を大きく吸った。

「あたし、ほんとに悔しかった。自分の力が足りなかったことも、死にかけたことも。だから、ご当主、あたし自分の子に、こんな思いさせたくない。ううん、あたしだけじゃない。ご当主の子にもだよ。あたし、だから、それをしっかり伝えたい。自分のお子にも、ご当主のお子にも。もちろん、庭にいる錦にもだ」

「…ああ、ああ」

「だから、ご当主。ご当主の交神が終わったら、出来るだけすぐ交神してもいいかな。あたしが、訓練、つけたいんだ。この悔しさを、忘れたくない。悔しい気持ちごと、継いで行ってもらいたい。ねぇ、ご当主」

若草色の瞳が揺れている。畳み掛けるような言い方になってしまったことを、内心で少しだけ反省しながら、それでも。

 

ご当主がひとつ頷いたとき、庭先で蛙が鳴いた。

えらく場違いな、呑気な鳴き声だった。