大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

ちゃんと進んでる

「ひたち、大丈夫か」

「うん。ごめんなさい、あたし」

土の力が弱い。体力がない。軽い修練の間に、何度もご当主に言われたことを、まざまざと実感する。もちろん、ちゃんとあたしを傷つけないように言葉は選んでくれていたけれど、それでも、二人が全くよろめくことのない攻撃に、術に、何度も足を止められてしまう。防具も、いま家にある一等のものを付けさせているのに、一撃貰っただけで、このザマだ。

 

情けない。

「行けるか?」

「もっ……もちろん!」

ご当主の問いかけに、ぐっと口角を上げて答える。お雫を掛けて貰って、気力も体力も満ちた。痛みもない。薙刀を握る手に力を込めて、立ち上がる。

けれどその時には、ご当主はもう、こっちを見てはいなかった。

 

***

 

「ねぇご当主、どこまで進むの」

「この先に、宝物庫がある。そこを目指すよ。何か入っていれば儲けものだ」

問いかけに答えてくれることに安堵しながらも、進む速さに不安になる。歩調はいつもより明らかに早く、合わせて進むのがやっとだ。少し手前にいた小さな鬼を下し、回復もそこそこにここまで来た。目の前で緑の鬼が、わらわらわらわらと群れている。結界印のおかげで寄ってはこないけれど、それでも。

そう思った時、明らかに、鬼の動向が変わった。

「当主様ァ、結界印が切れたようですよ」

兄さまの低く、唸るような声が静かに響く。ふたりの目線が一匹の鬼に注がれるのが見えた。ここで戦うんだ。そう悟って、薙刀を、構える。

「結界印をもう一枚使う、確実に背中をとって戦いを有利に進める、そうすれば必ずこの先に進めるはずだ」

随分小声で、早口に呟かれた言葉。先に、そう、先に、進まないとだもの。あたりの鬼がめいめい素っ頓狂な方へ歩いていく。一番近くにいた鬼の背中に向かって、ご当主がくららを掛けた。

「外した…!」

絞り出すような声。

先ほどと同じ光景だった。初手でご当主がくららを外し、気づかれた鬼に全員が薙がれる。小さな雑魚鬼が集まってきて、鬼の集団が増えていく。襲いくる痛みを想像して、負けるものかと足に力を込めた、その時だった。

「まぁ攻撃はしますがね。その前に、当主様ァ。腹の傷、これで治しましょうや」

場違いかと思えるような、すこんと抜けた声音だった。兄さまが、ご当主に、秘薬を差し出している。

「馬鹿を言ってる場合か。大将を狙って攻撃を」

静かなご当主の声が、兄さまの声を上書きしていく。ひとつの首肯とともに、土煙りをあげながら槍が大将を貫いた。よろめいた隙を狙って地面を蹴り、列に並んだ鬼を薙いで、焦げた臭いにご当主が突っ込んでいく。もうもうと上がる煙の中で、大将が倒れ臥すのが見えた。

「次だ」

「待っ…」

息つく間も無く、ご当主は駆けて行く。止めなければ。けれどご当主は既に術を唱え始めていて、ここで声を掛けるわけにはいかない。縋るような気持ちで、兄さまに視線を向ける。いつかと同じ、真一文字に結ばれた口元が見えた。

「くそ、何で当たらない」

明確に焦りが滲んだ声が、地面にぼとりと落ちた。あたしではそれを拾いあげることが出来ない。あたしがもっと強ければ、ここを超えられるのに。薙刀を、構える。

「と、う、しゅ、さまァ。聞いてくださいや。腹の傷!放っておく気ですかィ。あと、くららなら、俺も出来ますがね。どっち先にします?」

先ほどよりも長く。兄さまがご当主に進言する。声音は相変わらず明るいのに、眉根に皺が寄っている。

そもそもこのふたりがこんなに、討伐中にしっかり目を合わせているところを、あたしは見たことがあっただろうか。

「ご当主、あたしも、あたしもくらら、かけられる!だから、傷…先に、治してください」

行動が決まっていない時に、進言するなんて愚かだ。けれど絶対に、言わなければと思った。声は何故か震えていて、一瞬、ご当主の目が揺らぐ。兄さまは、じっと、ご当主を見ている。

そして。

「兄上、くららをお願いします」

一瞬にも、長い時間にも感じられた空白のあと、ご当主は穏やかな声で、そう言った。

 

***

 

緑の鬼は、全員で攻撃を叩き込めば倒せる。

墓の宝物庫からは、高確率で回復の薬が手に入る。

術の巻物があり、指南書がある。

くららをかけるのは、緑の鬼が隠れているときだけでいい。

自爆する敵がいる。相当危ない。

だから進軍は、慎重に。

これが、今回の討伐の戦果だ、と、帰り道でご当主は静かに呟いた。

焦りや悔しさの滲まない、穏やかな声だった。

 

「ご当主、その」

「ん?」

「携帯袋に、笛が入っていたんだけれど、それは」

「ああ……」

ふっ、と笑う顔が見えた。このところ目にしていなかった、かつて、父上とちいね姉さまがまだいたときの、柔らかい笑みだった。

「あれは、もう少し先にとっておくよ。討伐を延長して、指南書や術を狙っても良かったんだけど」

ご当主は、顔についた煤を拭いながら、兄さまの方へ視線を向ける。

「来月は、兄上に交神をお願いしたいと思っていて。…ああ、そうだ。ひたち、来月君は元服じゃないか」

「あっ…」

言われて気付いた。そうだ、元服。あたしも交神が出来るんだ、と思った。父上がつけてくれたように、子に訓練を付けられるようになる。それを考えたとき、なんだか胸がじわっと熱くなった。

「あのね、ご当主…あたし、自分が弱いところをちゃんと補えるような男神さまがいい!」

「おィ、来月交神するのは俺だぞ」

呆れたような兄さまの声に、ご当主が吹き出した。三人で笑いながら、家までの道を歩いていく。

夕暮れに、影が長く伸びて。

ああ、三人揃って帰れてよかった、と。

心の底から、思った。