大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

賭して

大江山が封鎖されてから、初めて訪れた九重楼。予想通り、他の迷宮と同じく、敵の力は増していた。浅い階層の鬼であるのに、刀に宿る炎の力をもっても、一撃で屠ることが難しい。加えて、今まではなかった間仕切りのようなものに阻まれ、なかなか上階へ向かえない。

宝鏡を見ながら、敵の位置を確かめつつ進む。隊を率いる陽織と、追従する旭。真横で薙刀を構えて進む我が子。ぐるりとあたりを見回したとき、刀を握る手の力が、不意に抜けた。

もう何度目だろう。体が、明らかにおかしい。

「あずま兄上…?」

心配そうな陽織の声に、ひたちの不安げな顔。もうすぐ討伐の刻限が来る。それなのに、上へ進むことも、目的のものを手に入れることも出来ていない。

「大丈夫。先に進もう」

ひたちの薙刀は、風の力。生前、前ご当主がしきりに言っていた言葉が、頭の中で何度も響く。

 

ワタシに、もうすこし風の力があれば。

ワタシが、火の薙刀を手に入れられれば。

九重楼にひとつ、あるようなんだけれどね。火の薙刀が。終ぞ、手に入れることは出来なかったな。

 

自分の火の力と、かの神の火の力を色濃く継いだ我が娘には、絶対にそれを持たせてやりたい。オレが益荒男刀を継いだときのように、これからの戦いの支えになる、そんな武器を、娘に。

娘の薙刀が、ぶぅんと音を立てて敵を薙いでいく。後ろに隠れた大将の方へ、陽織が飛び込んだ。怯んだ隙に、前列の鬼ごと、旭が貫く。そうして、目の前の敵がすっかり居なくなったとき。

「あっ……ああーー!!!」

ひたちが、突然大きな声を上げた。上階まで突き抜けるような声に、オレも、旭も、そしてもちろん陽織も、一斉にひたちを見る。

「あんまり大きい声を出さねぇでくれるかい」

「どうした、ひたち」

二人に同時に話を振られて、困惑したようにこちらを見てきた。ああ、この顔は、母神によく似ているな。そんなことを思いながら、続きを促す。

「落ち着いて話すんだ。何があった?」

「あっ、あたし、思いついちゃった」

「思いついた?」

「あっ、あのね、前ご当主さまが仰っていたの。薙刀は、手元の動きひとつで刃先が返るから、強く、そして早く振るえば、懐に潜り込んで、二度、敵に攻撃ができるかもって。あたし、やりかた、思いついたの!できるかもしれない!!」

興奮気味に言葉を継いでいくひたち。おお、と感嘆の声が上がった。列になった鬼どもを薙ぐ。一回の攻撃で二度、鬼を斬りつける。それが出来るなら、鬼に攻撃が通らなくなった今、これからの戦いを有利に進められるに違いない。

「そうか…すごいな、おまえは、自慢の」

娘だ。

そう言おうとして、また、腕の力が抜けた。

「兄上殿、どうしたんだ。さっきから」

「いや…なんでも」

言いながら、次に力が抜けたのは膝だった。体が崩れるのを、なぜか他人事のように感じる。兄上!という声が二つ重なり、体を支えてくれた。そこで、力が戻ってくる。

ごく短い間で起きているそれらのことが、やけに遅く感じられた。川のように流れていた時間が、まるでどろりとした水飴に変わってしまったように。息を、吐く。

「兄上、今月はもう帰りましょう。顔色がよくありません。母はああ言っていましたが、兄上の体が一番だ」

まっすぐな眼差しでこちらを見るご当主と、ちいね姉上の表情が、はっきりと重なった。

討伐の前、わたしは屋敷で死なずに待ってるから、討伐を延長してでも、絶対に武器か術を手に入れてきて!と、陽織に発破をかけていた姉上。もちろん、それが現ご当主である息子を鼓舞するために発された言葉であることは、誰の目にも明らかだった。あの人は、家族の命を何よりも大切にする人だ。だから、ご当主の発言もまた、正しい。正しいけれど。

「…討伐を、延長しては貰えないか」

「え」

「兄上殿、何を言ってるんで」

「父さま、唇が真っ青だわ」

三人の困惑した声が、一気に重なる。それでも、それでもだ。

「頼む、頼む……オレが戦えるのは、皆見ての通り、きっと来月が最後だ。このままここで月を跨げば、鬼が動きが活発になる。武器が手に入りやすくなるかもしれないんだ。頼む…ご当主、頼む…」

頭を下げる。このまま膝を折ってもいい。有用な技を編み出した娘が、心置きなく振るえる武器を、絶対に、絶対に手に入れなければ。その思いで、ただ頭を下げ続けた。耳の奥で、ごうごうと水が流れていくような音がする。音の狭間で、顔をあげてください、という、ご当主の声が聞こえた。

 

「討伐を、続行しましょう」