大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

わたしのばん 前編

手が痺れていた。

「薯芋花姉上?」

槍の柄を握ってはほどき、を繰り返す。手に、いつものように力が入らない。そういえば、いくら待っても息が整わないし、燃え髪が連れているあの小さな鬼もたくさん屠ったのに、どうにも、力が湧いてこない。意識がどこか違うところにあるような感覚。立っているわたしを、俯瞰しているような、そんな。

「薯芋花姉上!!」

いつもは声を荒げない当主の、強い呼びかけにようやく、意識は体に戻ってくる。慌てて、そちらへ向き直った。見れば、刀削も娘も、心配そうな眼差しをこちらへ向けている。

「ど、どうしたのみんな。大丈夫よ、すこし呆っとしただけ」

言いながら、胸に詰まるような嫌な予感と、かつての姉さまの様子が浮かぶ。そして、ああそうか、と納得した。

やっと、わたしの番なのだ。

 

***

 

おれたちが成長したことを、薯芋花姉上にきちんと見て頂きたい、と言う現当主は、笹の葉丸をここで取ることを諦め、ここの総大将を討伐しに行くと言い放った。 刀削は驚いていたが、それでもその意見には異論が無いようで、おうおうと同意の声を上げ、娘は少し震えながらもその意見に従うようだ。討伐の刻限間近まで、悪羅大将を相手取る三人。かつては恐怖の対象であったこの鬼を軽く下すその姿は、真に頼もしいものだった。

喜んだろうな、と思いを馳せる。

姉さまはきっと、玄の頭をくしゃくしゃと撫でながら、さすがわたしの息子!と笑うだろう。

兄さまはきっと、前衛に出てもっと踏み込め、と言いながら、仏頂面の奥で嬉しそうに微笑むだろう。

見せてあげたかった、といま、甘明を見ながら思う。

刻限が近付く。

全員で一つ頷き合って、明らかに異質なその部屋へ、足を踏み入れた。

 

***

 

破竹の勢いで進んだ相翼院。武人を自分へ、と叫ぶ玄の姿も、強い風の術に耐える姿も。どれをとっても、まさに当主として相応しいものだった。相翼院を踏破した勢いそのままに、何処かの鬼の総大将を倒しに行ってもおかしくない。それなのに、「来月は白骨城へ、笹の葉丸を狙いに行く」などと言うのは、きっとわたしのことを考えてだろう。

あの子は、優しい。そして、自分よりも、わたしがどう思っているかを、汲んでくれようとする。だからこそ、誰かが止めなければいけない、と思う。

「甘明、あなたには、言っておきたいことがあるの」

親子二人、布団を並べて眠るのも、あと何度出来るだろう。隣で眠る甘明に、ちいさく呼びかけた。

夜の帳は遠に降りているというのに、屋敷はむっとした暑さに包まれている。もうすぐ月が変わる。じき、打ち水をしてもどうにもならない季節がやってくるだろう。

「母上、どうしたの」

わたしの声で目が覚めたのか、布団をつくねながら甘明が答える。眠たげな、鼻にかかるような声だった。

屋敷で最年少。玄に守られ、刀削にからかわれながら育ったその姿に、何故かかつての自分が重なる。少しだけ眠たそうに目をこすって、わたしの方へ体を寄せてきた。

「甘明。兄様たちの様子で分かったかもしれないけど。母上はね。きっともうすぐ、甘明のそばにいることが出来なくなるの」

言って、もうすこし言葉を選ぶべきだったと思った。押し黙った甘明の布団の隙間から、洟をすする音が聞こえる。それでも、きちんと話さなければならないことだった。かつて姉さまが、わたしたちにしてくれたように。

「甘明。来月、わたしたちの槍を取りに行く、と当主さまは言っているわよね。いい、それがもしどうなっても、再来月は絶対、絶対に、玄は交神しなければならない。だから、もし討伐延長をしようとしても、わたしたちで、それを止めて、帰還しましょうね」

うん、うん、と頷く影が、薄闇のなかに見える。その影をゆっくりと撫でて、いい子ね、と声を掛けた。

「母上がどうなっても。決して、いまやるべきことから目を背けてはいけないわ。でも、忘れないで。母上は、みんなのことが大好きだからね」

すすり泣きが嗚咽にかわる。しがみついてくる我が子を胸に抱いて、ゆっくりと背中をさすりながら、自分の命の刻限を憎む。

それでも。

それでも、わたしは。

あたまのどこかで考える罰当たりな思いを押し込めながら、そのままその日は親子二人、とろとろと眠りに落ちたのだった。