大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

最期

悲鳴のような娘たちの声が聞こえる。

大丈夫、大丈夫だよと言っているつもりなのに、口は上手く動いてくれない。身体に力を入れることが出来ず、重力に抗えずに膝から崩れ落ちた。鎖帷子が擦れて大きな音を立てる。風が隙間を抜けていく甲高い音は、まるで鬼の哄笑だった。刀だけは手放してなるものかと掌に力を込めたのに、握り込んだはずの柄は簡単に地面を転がっていった。ああ、ああ。

「撤退よ!体力のある麺太は父上をおぶって。薯芋花、しんがりは任せるわ。火の術は使えるわよね?今の敵さえ寄せ付けなければ、下の階にいる鉄クマはなんとかなる。私が盾になるから、屋敷まで絶対に、絶対に帰るの!みんなで帰るのよ!!!」

米子。盾になるなんて言わないでくれ。

君のお子のために、指南書を持ち帰りたかった。一月討伐を伸ばしてでも、なんとか君たちのために何かをしたかった。だけれど、最後の最後にね、自分の身体が衰えていることを感じてしまった。怖くなってしまってね。それがきっと、いけなかった。父上が助けてくださる、そう言っていたのは自分だったのに、最後はそれすら出来なかったよ。驕ってたのかもしれないし、ただ馬鹿だっただけかもしれない。敵は武器も持っていて、あれはきっと君が振るうのに相応しいものだった。ずっと、弟と妹のために我慢させてしまって、麺太のために弓を取りに行った時も、本当に自分のことのように喜んで。

「父さん、父さん」

「父さま、意識をしっかり持って下さい!!姉さま、後方はもう大丈夫です!」

二人の声。元服もまだなのに、二人ともいつのまにか自分の背を超え、本当に立派になった。麺太が小さく肩を震わせているのが分かる。それでも、傷に障らないようにすり足で歩を進めてくれている。薯芋花が駆け寄ってくる気配がする。父上に泉源氏をかけて!と叫ぶ米子の声が響く。寒い。ああ、そういえば、桜はまだ咲かないなぁ。思考はもうどうにも、まとまらないまま散らかって。そのまま闇の中に沈んでいった。

 

ふ、と柔らかい光を瞼越しに感じた。だんだんと自分の輪郭を取り戻すような感覚。痛みはなく、ただただ重たい。目を開くことができない。薄い呼吸音が聞こえる。数秒経って、それが自分の呼吸であると気づく。米子、麺太、薯芋花。声を出そうとして、口を開閉させる。まったくうまくいかない。これが、ああ。

「漢さま、お加減はいかがで…」

イツ花の声だ。ここは屋敷なのか。途切れた言葉、自分が死ぬのだと否応にも分かる。

さぁ、これが、最期だ。最期の、仕事だ。イツ花が娘たちを呼びに行く音がする。大丈夫だ、と言い聞かせて、力を込める。みんながそろう気配がした。

「米子、これを、きみに。父上が、まもってくださる。わたしもいつも、いっしょにいる」

指輪を引き抜こうとして、それが叶わない。力が入らず、脱力して床にだらりと垂れた腕を、米子がしっかりと掴んだ。

「父上、父上、わたしは大丈夫。だから、だからね、父上の名前を頂戴!!父上の名前といっしょに、父上が言ったことを伝えていくから!!」

いいでしょう?という声が響く。なんと出来た娘だろう。頷こうとして、力が入らない。いいよ、もちろんだよ、と口を動かす。今際の際、米子のきもちが、本当に嬉しかった。

「麺太、薯芋花」

息がうまく吸えない。まるで身体が呼吸の仕方を忘れてしまったように、ひゅ、ひゅ、と喉が鳴るばかりだ。

「ふりむいては、いけない。まえをむいて、そうしたら、まえにはねえさんがいるから」

輪郭がぼやける。自分と世界の境界が無くなり、溶けていく感覚。寒いような暑いような、暗いような眩しいような、どうしようもなく身体が重くて、そして軽い。

「とおさんのいったことをわすれずに」

食べている皆の顔を見るのが好きだった。美味しいものを美味しく感じられることは素晴らしいことだ。自分の死を超えて、またみんなで、美味しくご飯を食べてほしい。すぐには無理でも。きっと、きっと。

「わたしのしを、こえていきなさい」

目は最期まで開かなかった。

それでも、しっかりと頷く、米子の顔が見えた。