大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

鬼さんこちら あちら そちら

母上が逝ったときのことを、頻繁に思い出すようになったのは、いつからだろう。

 

前当主さまが逝き、兄上が逝って、気づけばもう随分経つ。戦場を駆ける我が子の姿を、こんなにも長く見られたことを、心から嬉しく思う。なのに反面、逝ってしまったみんなの顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

 

あの日の兄様たちがそうだったように、死が、私に近寄ってくるのがわかる。それでも、食事を摂って漢方を飲めば、戦う気力も体力も十二分にあった。

母上が逝ってしまうまえに、布団の中で交わしたやりとり。あのときの寂しさ、苦しさを、息子に味わわせたくない。

息子だけじゃない。みんなにも、お子と離れる苦しさを、味わって欲しくない。

その一心で槍を振るう。

体の辛さを、感じることは、全くなかった。

 

「今月、大江山に登る。そして朱点童子を倒し、呪いを解く!」

現当主の、高らかな宣言。

向かった大江山。行軍は順調で、どの鬼も、もはや敵ではなかった。

すっかり頼もしくなったその後ろ姿を見ながら、彼女の父のことを思い出す。

 

そうして、彼がしきりに呟いていた違和感、の正体を。 

すぐに、わたしたちは、知ることになった。

 

その時だった。きっと、その時だった。わたしの頭の中にははっきりと、鬼が降りてきたのだ。

その鬼が、わたしの耳元で、今もしきりに喚いている。

 

よかったね、君も、みんなのところに行けるよ!よかったね、きみは、ひとりじゃないよ!よかったね、よかったね、母上も兄上も待ってるよ!

よかったね!

呪いが解けなくて!!!!

 

体の力は抜け、石畳に頬が削られた。槍を取り落とし、ひどく大きな音を立てる。雪が降る寒さだというのに、全身にじっとりと汗をかいていた。

かけよってくるちいねの姿が見え、気力ひとつを振り絞り、槍を杖代わりに立ち上がる。頭の中に響く声を振り払い、泣きじゃくるみんなに手を伸ばして、自分がここにいることを確かめた。しきりに謝る当主の声も、かき消してしまうような酷い喚きが、ずっと、ずっと、響いている。大丈夫よ、大丈夫よと、声を出しているのに、それがどこにも届かない気がした。

 

帰宅後の記憶はおぼろげで、ただただ一心不乱に米を貪る当主の姿が、ひりつく痛みとともに焼き付いている。彼女が、何に追われ、何に急かされて胃の中に米を押し込んでいるのか。声をかけることも出来ないまま、その日は囲炉裏のそばで眠った。

 

食欲がないと部屋に戻った家族たちの分まで、彼女はただ、食べ続けた。

彼女の後ろに掛かった掛け軸、少し褪せた半紙の上で、残酷な言葉が踊っている。

そういえば、会心の一撃は、誰も放つことが出来なかった。

 

翌日、彼女ははっきりと家族に告げた。

呪いが解けなかったこと。責任を感じていること。それでも、戦うために自分は前を向きたいということ。今月も出陣すること。場所は見知った相翼院、何が起こるかはわからないから無理はしないこと。そして、三人で出陣すること。

また、鬼が喚いた。

あのときよりも、はっきりと、そして大きく。

よかったね、よかったね、みんなに会えるね、君はよくやった、誰も君を責めないし、そもそも責任は当主にある、大丈夫、死ねる、きみは強いからきっと安らかに逝けるよ、きみのおかあさんだって言ってただろう、さきにいったみんながまってるよ、あえるよ、よよよよよかったねぇええええええええええええええええええええええええええぇえぇえ

 

「当主さま、わたしもいかせて」

 

声を出さなければ、存在ごとかき消されてしまいそうだった。

 

家族の反対は根強かった。あずまには、どうか母上寝ていてくれと懇願されたが、ごめんね行かせてと何度も口にして、結局折れてくれたのは当主さまだった。

出陣前の準備、何度も身につけた防具は、こんなに重たかっただろうか。それでも、負けてなるものかと支度を整えて米を口に押し込む。姉様、無理しないでください、というちいねの声が、鬼の喚き声にかき消されてしまう。大丈夫よ食欲はあるの、と答えて、もう一口詰め込んだ。まるで、胃に穴が開いているようだった。

討伐先、今までいなかったはずの大きな鬼に襲われても、息子の力を借りる冷静さは残っていた。大丈夫、大丈夫と口の中で繰り返して、歩を進める。巻物を手に入れ、武器を手に入れ、あずまのための刀を奪い、足がもつれ、目は見えず、手に力が入らなくなっても、わたしは大丈夫だった。

 

「母上、大丈夫なんかじゃない、もういい、もう」

あずまの泣き声で、ようやく、耳が痛む静寂が戻ってきた。

ああ、死ぬのだ、と。

はっきり思った。

 

家に帰って、布団へと向かう。みんながわたしの手を、代わる代わる握ってくれる。みんな泣いている。みんな、泣いていた。それが、ちゃんと耳に届く。みんなが、わたしの名前をよんでくれている。

 

みんなの顔が、ひときわはっきりと見えた。

握られた手を握り返す力はない。

ただ、なんの堰もなく、

こころからの、安堵の、言葉が、漏れた。

 

よかった。

もう少しで、わたし、鬼に食われそうだった。