大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

心配ご無用

寝ていてくださいよ!!必ず大将首を取ってきますから!

取ってくる、ったって。相手は骨だろう。そんなに肩肘を張らなくていいよ。それに、体調は悪くない、心配するな。

討伐隊が白骨城へ向かう前、現当主としたやり取りを、ぼんやり思い出す。

娘は、心配の表情を舌打ちの奥に隠しきれていなかったし、末弟はわかりやすく狼狽えていた。それでも、それが討伐に響くことはないだろう。甘明もいるし、迷宮の大将に挑むこと自体は心配していない。

それでも、俺の胸は妙な警鐘を鳴らしている。

さして広いわけでもない屋敷。それでも、誰の声も聞こえないと、がらんと広く見えていけない。夜になって、その感覚はさらに強くなった。

外を見ても、風の音ひとつしない。ぬるく、じっとりと滞留する空気がまとわりついてくるようで、思わず袷をはだける。

警鐘。

問題は、もっと別の場所にあるぞ、と。

何かせねば、という思いにかられて、耳に突き刺さるような静寂の中、ゆっくりと当主の部屋に足を向けた。

 

***

 

当主の部屋。寝室や身支度をする場所とは別に、討伐記録を書き、そしてそれを保管する場所。

玄がいなくなってからは、ここに一人で来ることはなくなっていた。

主のいない部屋で、迷いなく討伐記録を手に取る。

1019年、大江山討伐。

1020年、大江山討伐。

どちらも同じ筆跡で書かれたそれを読み比べた。

明確な戦果と手ごたえ、そして、父上の名前が記された1019年の討伐記録。

それに比べ、違和感がある、としきりに書かれている1020年の討伐記録。

その違和感が何なのか、討伐に出ていない自分ではわからないけれど、玄が最期までそれを気にかけていたのは明らかだった。

さらに読み進めようとして、突然視界が揺れた。膝から突然力が抜け、思わず机に手をついて支える。討伐記録が、音をたてて床に散らばった。

脳内に、鮮やかに蘇る記憶。

父の最期。

討伐を延長しようと言った玄の声。

食ってかかった自分。敬語を使う父。そのまま起き上がることのなかった姿。最期。

最期だ。そうか、それが、自分にも。

「くそったれ」

誰に聞かれるわけでもない呟きは闇に溶けて消えてゆく。

もう月半ばを過ぎた。討伐隊はおそらく、もうすぐ戻ってくる。なにか、なにかこの違和感を拭うような情報を、家族が得られていることを祈りながら、床にばらばらと散らばった討伐記録に手を伸ばした。

 

***

 

「討伐強化月間!?」

「ええ、そうなんです。市中にお触れが出てましてェ…」

困ったような表情で、イツ花がうるに話をしている。俺はといえば朝飯の味噌汁をすすり、いつものように飯を食っている。一人で食う飯は味気ない、と言っていたのは誰だっただろう。しかし、玄も、父上も、最期は弱り果てていたし、薯芋花さんのときなど、夢と現の間をいったりきたりしていた。それなのに、普通に起きて、普通に飯を食えている自分の元気さときたら。

向けられた娘の視線に気がついて、顔を上げるとふい、と逸らされてしまった。きっと、言いたいことがあるのだろうけれど、それが何なのかは汲み取れなかった。

「ちいね、どうした」

「なんでも」

「そうか」

このところ、娘はずっとこうだ。玄はうると、何の話をしていただろう。

「白骨城は、先月行ったばかりだ。大将も討伐した。あそこで得られる情報はもうないのに、今月とは」

うるの声が続いている。今月の予定を決めあぐねているのか、うるもまた、しきりにこちらを気にしている。食後の漢方に手をかけながら、あくびをひとつ。妙に眠い。甘明の箸から、芋の煮付けがぽろりと落ちたのが見えた。

「刀削兄上、甘明姉上」

「ん?」

甘明は芋を拾いながら、うるの方へ視線を向けている。迷いと逡巡が目の中に見えた。

「来月の討伐、刀削兄上の出陣をと思うのですが」

「え」

ゆれる赤い瞳。それが、うるの父ではなく、自分の父のそれとかぶって見える。戦果をあげること、大将のもとへとたどり着くこと、最期まで、戦うこと。それを欲している、目の光。

「刀削兄上。もし、思い違いでしたら申し訳ないのですが、あなたはまだ、動ける。ワタシは、あなたにも、姉上にも、たくさんのことを教わった。父が成せなかったことも、たくさん、あって、訓練で最期を迎えた父のようではなく」

「うる」

言葉を遮るように名前を呼んだ。言葉は支離滅裂だったけれど、何を言いたいかはわかる。それでも、おのれの父の、玄の評価を下げないで欲しい。そう思いながら、名前を呼ぶ。

うるも、父上も。なぜ、ここまで。それは、俺には理解できそうもなかった。

「うる、俺はいい。もう、十分やりきったさ」

「兄上」

「それに、白骨城なんだろう。白骨城には、奉納点をたんまりくれる小さい鬼がいたはずだ。討伐強化月間なら、そこの鬼を倒せば金も手に入る」

「しかし」

「俺は死ぬ」

娘の喉が、鳴ったのがわかった。見れば、唇は青ざめている。ごめんな、不出来な父さんで。こんな風にしか言ってやれなくて。伝わっていることを祈りながら、目線をうるに戻した。

「今月か来月か、もしかしたらその先が。けどな、玄や、父上や、薯芋花さんを見てれば、きっと、大江山が開くまでは持たないだろう。なら、この一月、金と力を蓄える大きな機会と見るべきだ。俺のことは気にするな、生きていくのは、お前たちなんだから」

言い切ったあと、息を大きく吸った。うまく吸い込めず、何度か咳き込む。ああ、なんだ。

「だから今月は、俺はお休みだ」

病人のように思われるのが嫌で、片付けを任せて部屋に戻った。

目眩は、おきなかった。

 

***

 

眠い。

あるのは、引きずられるような眠気。

考えないといけないことはある。大江山で玄が察した違和感。あの、胸の奥から這い出てくるような警鐘。

討伐に出なくてもいい、もう去り際の自分が出来ることなど何もない。

それが分かっていながら考えるのをやめられない心と、考えることを放棄しそうになる体。

そうしている間にも、明確に、死ぬことの、足音が聞こえてくる。

ひたひたと。

ひたひたと近づいてくる。

家族のいない屋敷で飯を食っているときに。一人、ぬるい空気の中で縁側から外を見ている時に。

視界は明瞭で耳も聞こえ、イツ花との話も問題なく出来る。

なのに。

這い寄ってくるその苦しさは、討伐の比ではない。

自分の呼吸の音がうるさい。考えが纏まらない。自分の意識が、自分の思う通りにならない。

それはながい、ながい、とてもながい、一ヶ月だった。

 

討伐隊の帰還を知らせるイツ花の声が響いた時、胸にこつんと安堵が落ちてきた。ああ、みんな無事だ。よかった。ちいね、泣くな、大丈夫だ。心配するな。

皆が悲鳴のような声で名前を呼んでくる。その中に1つ、聞き覚えのある声が混ざっていた。

赤い眦が、俺を呼んでいる。

 

ああ。

そうか。

そっちは苦しくないんだな。

少し、呼吸が通って。

笑いながら、目を閉じた。

 

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