大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

冬の家族会議

「野菜も残さず食えと言ってるだろう!」

「いやですよ父上、野菜なんて葉っぱじゃないですか。野に咲く花を愛でるのも、風に揺られる葉を見るのも好きですが、食べるのはちょっと」

「屁理屈をこねるな!!!野菜は野菜だ!食え!」

全くお前は!と怒鳴る叔父上の声。自分が知る限り、苛烈な討伐のさなかでさえ怒鳴ったことのない人が、いま、卓袱台の向こうで大いに荒れている。

弟….正しくは従兄弟の、刀削がやってきた。

 

弟がやってくると聞いた時は、楽しみと不安がないまぜになったものだった。浮ついた気持ちを抱えたまま、大戦果だと褒められながら討伐から戻った時、その子はかつての自分のように、玄関先で討伐隊の帰りを待っていた。切れ長の目と、自分より一層濃い褐色の肌。空色の髪は母と同じで、笑いかけてくれる表情は柔らかかった。よろしくおねがいします、と頭を下げる姿にホッとしたのは、自分だけではない、と思う。

しかし、家に来てまだ2日。それなのに食事のたびに繰り広げられる舌戦、どうにもなかなか一筋縄ではいかない子のようだぞ、と思わざるを得ない。考えている間に、いつのまにか自分の皿に盛られたおひたしが増えている。見れば刀削のおひたしは半分ほどの量になっていて、鼻をつまんで食えと叫ぶ叔父上は、どうやらそれに気づいていない。

ひとつ息をついて黙って口に運ぶと、怒鳴られながら一瞬、こちらへ笑いかける刀削。そして直後に、減ったおひたしをまるごと飲み込んだ。

「ほら!全部食べましたよ!」

…全く本当に、どうなってしまうのだろう。

 

***

 

「玄、ちょっといいか。今後のことで相談したいことがある」

叔父上がおれの部屋を訪ねてこられたのは、その夜だった。

すっかり綿入れが活躍するようになった夜。ろうそくに照らされた顔を見れば、冷え込みで鼻先が赤くなっている。それは、後ろにいた薯芋花叔母上も同じだった。

「も、もちろんです」

どうぞ、と中へ促せば、ふたりは火鉢の側に腰を下ろした。突然のように、上座を開けて座ってくれていることが、どうにも自分には心苦しい。当主の指輪に、握った指で触れながら、それでも自分は当主なのだから、と、上座に腰を下ろした。

「来月、再来月、大江山が開く」

前口上はなかった。火鉢の中で、炭が爆ぜる。

大江山、と口の中で反芻すると、今まで戦ってきた鬼たちの形相が脳裏に浮かぶ。手をぐっと握りしめて、震えるなと言い聞かせた。

大江山は、鬼の本山。どこまで登れるかは分からないけれど、先月、あれだけの大戦果を挙げたあなたと、私たち。三人で挑めば、むざむざ返り討ちにあうこともない、と話していたの。だから」

「薯芋花叔母さま、しかし!」

さらりと言われたその言葉に、思わず大きな声が出る。先月、相翼院で手に入れた槍は呪わたもので、しかしその力は九重楼にいる神を解放するのに役立つから、十一月にその神を解放してから、十二月は交神する予定にしておこう、と、討伐後に話していたはずだった。

困惑するおれを見て、ふたりは顔を見合わせる。

ああ、怯えていると思われたかもしれない。大江山が怖いから、行きたくないのかと思われただろうか。しかしそう言われれば、それはあながち間違いでもなかった。そもそも大戦果と呼ばれるものだって、おれはただ、がむしゃらに刀を振っただけだったし、二人の支えあればこそ、無事で帰ってこれたのだ。

「玄。お前はすぐそうやって考え込むなぁ」

優しく、けれども力強い声で、叔父上は言う。

「お前の良いところでもあり、悪い癖でもある。お前は優しく思慮深い。ただ、一族を率いていくためには、判断を迫られることもあるだろう。それは討伐先だけじゃない。いつ、子を残すか。いつ、一線を引くか。そしてそれは自分だけじゃないんだ」

苛烈な炎が、叔父上の目の奥で揺らいだ気がした。赤い目は、ここではないどこかを見ているようで、見れば叔母上の深緑の目も、おなじように揺らめいている。

このふたりは兄妹なのだ。それは、おれの母も。

「俺は、考えた。おれの父、つまりお前の爺様は、一歳と六ヶ月でこの世を去った。お前の母さん、米子姉さんは、一歳八ヶ月。俺は今、一歳三ヶ月だ。今年を逃せば、次に大江山が開くまでまた一年かかる。そうなればきっと生涯敵の本丸を見ることもなく、死んでしまうだろう。薯芋花も同じだ」

火鉢の中で、一瞬炭が赤々と燃え、隙間風に火花が散る。考えたくないことで、それでも避けられない事だった。

「私はね、玄。本当にできることなら、貴方に生きていてほしい。今年、大江山を制圧して、朱点童子を倒せるなら、それが一番だわ。けれど、この京を、ぼろきれのようにした恐ろしい鬼を相手に、私たちが本当に敵うかはわからない」

叔母上の声が部屋に満ちる。優しく包まれた言葉の奥に、今年を逃せば、つまりはおれもまた、次に大江山が開いたとき、どうなっているか分からないのだよ、という真意が見える。少し掠れた優しい声は、母によく似ていた。

「だからね、私たちでどこまで行けるか。そして、どんな敵がどこに居て、何を持っているのか。それを探りたいの。そして、出来ることなら、わたしは、あなたにも、刀削にも、わたしの子にも、生きていてほしいのよ」

そう話す叔母上越しに、白骨城での、歩みを止めない母上の姿が見えた気がした。ふらつきながら階段を登る母上の姿。薙刀を離さない母上の姿。そして今際の際の言葉、朱点童子との戦いを、きっとあの時、母は見ていたのだ。

「だから、今月、出来る限り強いお子を授かりたいの。朱点を討てるような、強いお子を。だから今月、上位の神と交神して、来月。来月よ。三人で大江山討伐に向かいたい」

「叔母上」

「玄。お前の意向も聞かず、一方的に喋ってしまったことを許して欲しい。それでも、俺たちの我儘を、聞いてくれるか」

二人の言葉はまるで、祈りのような言葉だった。我儘だなんて思えなかったし、自分の至らなさを恥じ入るばかりだ。

怖さは消えない。それでも。

 

「叔母上。来月、交神の儀、よろしくお願い申し上げます」

 

おれは、当主なのだから。

言い聞かせながらもう一度手のひらを握って、指輪に触れる。

灰に満ちた火鉢のなかで、ごう、と火が熾る音が聞こえた気がした。