たくさんたべるこつよいこよいこ
「ご無事のご帰還、なによりでございます!」
イツ花の溌剌とした声が耳に届く。
荒廃した街の様子から目を背けるように、親子揃って下げていた目線をゆっくりと上げれば、門の前に立ち、こちらへ手を振るイツ花の姿が見えた。
繋いでいた手をほどき、高く結い上げた髪を左右に揺らしながら、米子は跳ねるように走る。鬼の攻撃で泥にまみれた頬が、ふわりと緩むのが見えた。歩みを少しだけ早めて、あとを追う。
「ただいま、イツ花」
「おかえりなさいませ、漢さま」
「わたしは自分で着替えるから、米子の装束を解いてやってくれな」
自分が門に着いた時は、すでに米子の背中は屋敷の中。
言い終わらぬ間に、米子を追って屋敷の中に走る、イツ花の姿が見えた。
炊けた飯の匂いと、薪の爆ぜる音。それらが、無事に帰ってきたという安堵を包む。
住み慣れた訳ではない家。
それでも、たしかにここは自分の家なのだ。
戦装束をほどきながら、屋敷の天井を見遣る。いまの世で、雨風がしのげることの幸福。食べるものに困らない幸福。荒廃した御所。命のやりとり。異形の、鬼たちとの、たたかい。そして不意に、地鳴りのような音が響いた。
ぐぎゅううううう、るるる。
すわ襲来か、と、ほどきかけの装束を締め直そうとしたそのとき、からっとした笑い声がふたり分、襖の向こうから耳に届く。
「米子さまのお腹の虫は、随分と元気ですネ!」
「言わないで、言わないで!!父上には内緒よ!!」
張っていた肩の力が抜けた。そしてそのまま、胸も腰も力が抜けて、畳にひざをつく。
そうかそうか、腹の虫か。
湧き上がる笑いを押し留めながら、抜けてしまった力を膝に込めて立ち上がる。手早く装束を紬に変え、それでも留まりきらない笑いが、くくくく、と喉から漏れた。
「だって父上が、帰ってきたら縁側で握り飯を食べよう、って言っていたのだもの!それを考えてたら、もう」
こちらの笑い声は聴こえていないようだが、内緒話のはずの声は一言一句、丸聞こえだ。消え入りそうな語尾に向かって、声を張る。
「米子、縁側で待ってるから。イツ花、腹の虫を満足させられるよう、たくさん握り飯をこさえてくれ」
わっかりましたァ!というイツ花の声。
父上、盗み聞きするなんて!!という米子の声。
そのどちらもを背に受けながら、ゆっくりと縁側に足を進める。
春の陽光は、初夏の日差しへ。
どうかひととき穏やかであれと願いながら、ゆっくりと腰を下ろした。
さぁ、まずは、たくさん食わねばな。
初陣開けは手を繋いで帰ってきてるといいなという妄想。親子仲良しなのいいよね
食べ物を美味しいと感じるうちは大丈夫といいますし、
たくましい我が娘にニッコリのご当主です。
イツ花が家で作ってくれるご飯をささえに頑張っていこうな、大食一族