大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

当主

「ご馳走さま」

目の前の皿を平らげて、手を合わせる。見れば、兄さんもひたちも、まだ半分ほどが皿の上に残っていた。ひとつ息を吐いて、食べ終わった皿と茶碗を重ね、残っていた茶を飲み干す。 外はきんと冷えていて、飲み干したあとの湯のみは、あっという間に冷たくなっていった。

「ご当主、相変わらず食べるの早いねぇ」

 

ひたちがぽけっとした顔でこちらを見てきたので、思わず笑ってしまった。そうすればひたちもまた、笑い返してくれる。寒くなってから今まで、何故か彼女が苦手としている、瓜の野菜が食卓に並ばない。苦手なものもなく、兄上にからかわれることもないから、機嫌を損ねることもないのだろう。

「ゆっくり食べるといい。片付けて、討伐記録の部屋にいるから、何かあったら呼んでくれ」

それだけ言って、腰をあげる。

皿を洗い場に運ぶ。すれ違い様に、ひたちの何か言いたそうな顔が見えた。それに気づかないふりをして、洗い場から、記録部屋に足を向ける。

卓袱台を囲む二人の、楽しそうに笑う声が、やけに遠くで聞こえた気がした。

 

***

 

討伐記録を見返しながら、気がつけば大きなため息が漏れていた。

母上達の代は迷宮の奥まで踏み込んだようで、記録には、大将討伐、の文字がそこかしこに踊っている。未だ迷宮の奥まで足を踏み入れることが出来ていない自分との差に、胸が潰れる思いがして、思わず着物の合わせを引っ掴む。

頭を振って、頁をめくった先。その戦歴の華やかさの向こう、大江山の鬼を倒したときの文字だけ、まるで蚯蚓がのたくったようになっていた。そこで呪いが解ける筈だったと、母の震えた声が蘇る。

呪いは解けるはずだった。朱点童子を殺して呪いが解けるなら、交神の必要がない、という文字を、指先で追う。けれど結局は血をつなぐ必要があり、それで生まれたのが、自分たちだ。

記録を見ると、母上も、前当主さまも、呪いを受けた中ではあるが、長命であったことが分かる。母上は2歳まで生きてくれたが、それは前例がないことだった。交神したのは1歳3ヶ月。三人よりも四人で討伐に向かった方がいいのは当然で、同じ歳まで交神を待っていたのでは、戦力はいつまでも整わない。さらに言えば、自分たちの歩みは、歴代のどの世代よりも鈍く、遅い。生き残ることが目的、それが自分が当主になった所以だ。けれど、なのに、自分は。

鬼の一撃で瀕死になる妹の姿が蘇る。

迷宮で、我先にと飛び出すのに、息を切らしてしまう妹の姿が蘇る。

鬼の群れに集中的に攻撃される妹の姿が、

火に焼かれて膝をつく、妹の姿がー…

「ご当主、ねぇ、大丈夫?」

「あ…」

いつのまにか、障子が開いていた。その向こうで、ひたちが心配そうに眉尻を下げている。討伐記録を閉じ、引っ掴んで乱れた合わせを整えた。

「どうした?」

「う、ううん。考え込んでるみたいだったし、その、あたし、心配で」

もごもごと口ごもるひたちの、あずま兄上と全く同じ赤い髪を見る。九重楼を駆け上がった最期と、武器を手に入れるためにと頭を下げた、あの日の兄上の姿。脳裏に焼き付いているその色と、はっきりと重なる。

継がれていくもの。決して、決して、なくしては、いけないもの。

「ごめんね。大丈夫だ。…ひたち」

当主なのだから。そう頭の中でひとつ、自分に宣言して、口を開く。

「一緒に、術の練習をしようか。きちんと使えるようになれば、絶対に討伐で役に立つから」

「あ、ああ!わかった!やる!!」

「それから、もうひとつ。自分の出来ることと出来ないことを、きちんと分かっておくこと。術はなにが使えて、なにが使えないか。あと、どんな攻撃に耐性がないのか。きちんと把握して動けるようになろう。君は卓越した火の力を持っているけれど、反面土の力が弱いようだから、そこをなんとか補おう。次の討伐に出るのはこの日だから、その日まで毎日やるつもりで…」

言っているうちに、ひたちの顔が曇っていくのがわかった。言葉を途中で止めて、顔を覗き込む。どうした、と声をかけようとしたとき、掠れた声が自分を呼んだ。

「当主様ァ、そんなに捲し立てるもんじゃねぇよ」

「兄上」

おーよしよし、と冗談めかして、兄上がひたちの頭を撫でている。やめて!と手を振ってそれを払う、ひたちの表情は、明るかった。

「毎日根を詰めたって成果は出ねェってもんだろ。それに今日は、外に買い出しに行こうや、ってイツ花とも話しててなァ。討伐討伐訓練訓練じゃ、しんどいばっかだろ?」

「…それは、しかし」

「心配なさんな、今日だけさ。なァひたち」

「あ、えと、うん…ご当主、ごめん、今日は買い物、あたしたちでいってくる、って、さっきイツ花とも話してて…」

申し訳なさそうに、指をすり合わせるひたちと、その後ろで笑う兄の姿。

「…そうか、先約があったのか。すまなかった、聞かずに。なら、行っておいで。俺はもう少し、ここで記録を見ているから」

それだけ言って、二人に背中を向けた。

行きますかァ、という兄の声を聞く。

 

いつも通りの声。自分は、きちんと笑えていたかどうか。

どうにも、その自信は、なかった。