大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

素敵な我が子

「漢さま!松葉ノお甲様のもとより、新しいご家族を預かって参りました!」

1018年、7月。

討伐に向かった白骨城では、本当になんの戦果もあげられなかった。有用そうな術の巻物、米子が使えそうな薙刀に、大江山で尽きた人から鬼が奪ったであろう武器防具の数々。それらを見つけても目の前の鬼に掠め取られ、結局一月のうちに手にすることは叶わなかった。

それでも親子、互いの命が無事であることを確かめ合いながら、それに勝る戦果なしと這々の体で屋敷に着き、荷も解かないうちに告げられた言葉。

そうだ、自分はこのために帰ってきたのだ。

「お喜びください!勇敢そうな、男のお子様です」

イツ花に手を引かれた小さな子が、鋭い相貌でこちらを見ている。イツ花に促され、胸をはってこちらへ向かってくる足取りのしっかりしたこと。緊張で固く結ばれた口元から、薄い吐息が漏れるのが見えた。

自分と同じ深緑の髪に、日に焼けたような肌、眼は夕刻の朱光を受けて、いっそうあかく煌めいている。自然と自分の、顔のこわばりが解けていくのを感じた。

息子だ。まぎれもなく、自分の。

「漢さま、この子の素質が活きる職業をお決めくださいね!装束の用意を致しますんでェ!」

綻んだ顔を見てか見ずか、イツ花が大きく声をあげる。息子に会えた喜びを胸に仕舞い、ひとつ息をついて応える。

「ああ。職業は訓練が必要な二月のうちに決めるよ。修練で、しっかり素養を見極めたいんだ」

「名前はどうなさいます?」

「名前か」

参った。

息子に会いたい、その気持ちひとつで帰ってきたのに、息子の名前のことをすっかり失念していた。思わず、後ろ頭をがりがりと掻く。兜を脱いだばかりの、蒸れた頭に風が通って気持ちいい。

「父上、まずはご飯にしましょうよ!」

勢いよく開け放たれた襖、木組みと柱が当たる小気味好い音が大きく辺りに響く。見れば米子が満面の笑みで立っていた。余程急いだのだろう、長い空色の髪は鳥の巣のように絡まっていて、組紐もだらりと垂れてしまっている。息子が目を見開いているのは、音に驚いたばかりではないだろう。

「この子がわたしの弟でしょう?すごいわ!ねぇ、父上そっくりね!」

言いながら米子はずいと近付き、顔を覗き込む。堪え切れない、というように、うふふふと声が漏れている。

「名前はなんていうの?」

「米子、髪が落ち武者のようじゃないか。飯の前に結い直しなさい、お姉さんだろう?イツ花、すまない。髪を直してやってくれ」

急ぐ米子を嗜めるように制して言えば、不服そうな「はぁい」という返事が聞こえた。イツ花を伴って、開け放たれた襖が静かに閉まる。

「御免な、突然騒がしくして」

「いっ、いや、あれがおれの、お姉さんなんだな!!」

「そうだよ。名前は米子だ」

「よねこ」

難しい顔をして、よねこ、よねこと口の中で繰り返す姿を見つめていると、不意に胸が詰まる。

「君の名前は、飯をしっかり食って、みんなで考えようと思っているんだ。米子に名前をつけた時は、ずいぶん急いでいたから」

できうるかぎりの優しい声で。できうるかぎり、穏やかに。怖がらせないように。好きになってくれるように。自分と過ごす時を、大切だと思ってもらえるように。声を詰まらせないように。

「イツ花が飯の準備をしてくれているから、みんなで食おう。米子の元服祝いと、君がここに来てくれた祝いに、たくさん食おう」

「父上!!!それ本当!?今日はいっぱい食べていいのね!!!」

再び勢いよく開け放たれた襖、顔を覗かせた米子は、そう言うや否や、いつものように高く結い上げた髪を揺らしながら台所へ走っていく。やったわ!あったかいご飯よ!イツ花、味噌汁もある?大盛りでね!という声が、屋敷の中に響き渡る。

「姉さんは、食うのが好きなんだな」

「ああ、名は体を表すと言うが、あの子はまさにそうなった」

ゆっくりと手を伸ばして、自分と同じ深緑の髪を撫でる。撫でられて困惑している様子はなく、拒否もされなかったことに、安堵した。

「飯を食う、それも、美味しく食うっていうのは、大事なことだ。姉さんや、いずれ来るお前のきょうだい、それにお前のお子たちにも、それは忘れないで貰いたいんだ。だから、できれば君にも、そういう意味の名前を送りたい。いいかな?」

目の前の小さな顔がひとつ頷いたのを確認して、手を頭から下ろす。膝に力をこめて立ち上がり、ゆっくりと背中を伸ばした。

「さぁ、飯にしよう。わたしも食うのは大好きなんだ」

縁側に差していた夏の夕暮れは、もうずいぶん濃くなっている。あと数刻もせず、一番星が光るだろう。

迷わず、この子らが歩んでいけますように。

まだ見えぬ星にさえ、そう願わずにはいられなかった。

 

 

このあと麺太名付け事件がおきるのであった