大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

光年先の未来④

遠のいた意識は、ほどなくして戻った。優勝賞品を手に、心配そうにこちらを覗き込む家族に、当たり前に大丈夫だよと伝える。けれど、歩けるよという言葉は途中で遮られ、思い切り眉尻を下げた息子としばらくの問答ののち、結局、おぶわれることとなった。
道すがら、ぽつり、ぽつり、と六兵衛は言葉をこぼす。気づけなくて、面目ない。そんな声が、ぴとりと触れた背中から伝わる。それをどう受け取るべきか、息子の言葉を飲み込めないまま曖昧に頷いた。肩越しに見える景色は滲んでいて、楽紗が抱える賞品の袋を、文太が奪おうとしている。なんだよと言いながら楽しそうに笑う楽紗の声を聞きながら、ぼんやりと、皆大きくなったなぁ、と思った。


燃えるような夕焼けのなかでも、家は不思議と、はっきり明るく見えた。楽紗が誰よりも早く足を進め、軽やかな足取りで門をくぐっていく。全員がくぐり終えるころには、あたりに、優勝祝いに炊いてくれたであろう赤飯の香りが満ちていた。
小豆と餅米の、ほっかりとした香り。そこに濃い味噌炒めの匂いが重なっている。汁物はなんだろう。すまし汁だろうか、すり流しだろうか。どれも、何度もおかわりをした、なによりも大好きなごはんだ。
けれどそれなのに、いつもなら口の中に湧いてくる唾も、うるさいくらいに喚く腹も、まるで蓋をしてしまっているようになんの反応も示さない。長く、深く、息を吐いた。

玄関前で出迎えてくれたむぎ姉さまが、よくやったと文太を叩いている。ばんばんという音は大きく、まるで布団を思い切り叩くような動作は、なんというか思い切りが良かった。文太本人は不服そうに眉根を寄せていたが、それでも口元がいつもより、少しだけ緩んでいる気がした。
「あんたね、ちょっとは喜びなさい!」
「……喜んでる」
全く二人らしいやりとりだった。姉さまは呆れたような表情のまま、楽紗が差し出した賞品の袋を受け取る。そのとき、伸ばされた姉さまの手に、薄く一筋、手当されないまま塞がったであろう、真新しい傷があるのが見えた。
「なにはともあれ……本当に、お疲れ様、みんな」
どうしたのそれ、と言おうとして、けれどうまく行かなかった。姉さまから掛けられた労いの言葉に、六兵衛が頷く。こちらに視線を向けた姉さまの表情が、一瞬だけ曇り、けれどそれはすぐに、いつものからっとした笑みに変わった。
そこに死の影がないことに、心の底から安堵した。

*****

いざ食卓についても胃を塞ぐ蓋は外れないようで、並んだ献立はどれも大好物であるはずなのに、匂いを嗅ぐだけでお腹が張るような感覚があった。目の前で平らげられていく御菜をみながら、なんとか咀嚼と嚥下を行うけれど、その間にも意識がぶつ切りになる。体の痛みはないけれど、奇妙な浮遊感や滑り落ちていくような心地が続いて気分が悪かった。この眠気のような、脱力感のようなものに身を任せてしまえば、楽になるだろうか。明日には楽紗の息子がやってくるのだ。職業は、名前は、と交わされる言葉。合間合間に皆が何か、口々に声を掛けてくるのだけれど、水の中に入ってしまったように音が濁る。
「小町、ちょっと……」
ようやく聞きとれた自分の名前。姉さまの顔がまた、曇っている。返事をしようとしてまた、うまくいかない。落ちてくる目蓋と霞む視界、駄目だ、と思いながら、もはや抗いきれなかった。
「小町!!!!」
悲鳴のような声とともに、傾ぐ体が支えられた。畳の上に箸が落ち、卓袱台の上で茶碗が揺れる音がした。重なるように、六兵衛の、楽紗の声が聞こえる。けれどそれを言葉として聞き取ることができない。
脳の奥で低く掠れた声が蘇る。ああ、明確に這い寄ってくる死神を前に、後退るなというのは不可能ではないか。恐怖とも諦念ともつかない気持ちが、帯のように重なって押し寄せては引いていく。

薄闇の中、もう少し、あと少しだけ、せめて勝機を手繰り寄せるまで、と。

そう思いながら、目を閉じた。