大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

光年先の未来③

人の目がある。人の声がする。それらには興味と好奇心と少しばかりの恐怖と、そして期待が含まれている。権力を持つものと持たないもののがまぜこぜになっていて、一人倒れるたびに悲鳴のような歓声のようなものが響き渡る。足場はしっかりとしていて、蹴り上げても踏み込んでも崩れることはない。精々、足元で細かい砂埃が上がるだけだ。鬼の臭いも血の臭いもずいぶんと薄い。なにもかも、勝手が違う。
選考試合、人相手の戦いとはこういうものなのかと、戦いながらぼんやり思った。


とんとんとん、と勝ち上がった決勝。目の前にいる四人は、今までの相手とずいぶん毛色が違っていた。
大将の後ろにいるのはどう見ても小鬼なのに、どうも観客がそれらに怖がる様子はない。布地がふんだんに使われた装束はまるで貴族のようで、烏帽子といい笏といい、戦さ場に立っている、ということに違和感すら覚える。しかし並び立つ剣士が纏っている鎧や甲冑はしっかりと磨き上げられていて、何かを誇示するようににぶく光っていた。みな一様にこちらを見ていて、その観察するような瞳に、薄寒いものを覚える。今まで当たった人達のように、優勝への意欲だとか、我らこそが朱点の首を取るだとか、そういった意思も、まるで感じられない。
ちらりと家族に目を配る。楽紗はこくりと頷き、六兵衛は口をひき結んでいた。文太の表情は、変わっていない。息を吸いこみ、吐き切る。胃の腑が、じくりと痛んだ。漢方薬を入れなくてはいけない。奥歯を噛み締めた。この一戦、持たせなくてはという雑念を、頭を振って払う。

はじめ、と言う合図。同時に口の中で太照天を唱えた。家族全員の体を、四色の粒が包んでいく。観客からあがるどよめきを制するように、文太が土を踏み締める音が響いた。一瞬の静寂、その奥からごぉん、と聞き覚えのある音が、波になって押し寄せてくる。何がが焼ける臭いとともに、熱風が額を撫でた。いくつもの映像がちかちかと脳を巡っていく。足は砂を蹴り上げ、顔を覆った扇がみしりと音を立てた。脳味噌が現実を認識し直したのは、自分がいた場所が赤く燃え、抉られてからだった。
歓声とどよめきが再び、耳に返ってくる。おい避けたぞ、という声。一瞬息をつこうとして、拳を握り直す。まだ終わってない。
「来るぞ!」
文太の声。はっとして顔を上げたとき、既に巨大な炎の鳥が目の前にいた。とっさに身を捩るけれど間に合わず、鳴き声のような爆音とともに、熱い痛みが肩を撫でていく。装束が焼ける臭いと、握る拳の力が抜ける感覚。ぎり、と奥歯が鳴った。こんなもの、こんなもの。ねえさまの、痛みに、比べれば。
炎の渦が青く消えていく。その向こうで、剣士の腕が術の形に整えられ、攻勢の構えが敷かれているのが見えた。防御を固めるか、回復が先かー…
迷ったそのときには、既に斬り込まれていた。年若い剣士は、一足で陣中へ。そして声もなく、後衛の楽紗に刀を振り下ろした。太刀筋と共に血飛沫が上がり、ぐら、と楽紗の体が傾ぐ。六兵衛の、ねえさん!という声が、誰の声よりも大きく響いた。
「すまない、当主様、回復を優先しても」
「当たり前!自分で出来そう!?」
「問題ない」
声はしっかりとしていた。円子の術が淡く光り、楽紗の傷を塞いでいく。斬り込まれると、まずい。あまり、長引くのも得策じゃないだろう。
「………大将を狙う。いいか」
逡巡の隙間で、文太の声が、低く小さく、耳に届いた。一瞬、つむじ風が大きく吹き付け、髪がぶわりと広がった。きゃあ、という観客席からの声。反射的に髪を押さえながら、お願い、と伝える。
風が止んだ時、文太の体は既に相手の陣中にあった。大将に向かって振り下ろされだ拳は、続け様に二発、体に吸い込まれていく。ぐら、とよろけた相手に、力任せの蹴りが叩き込まれた。刹那の、出来事だった。
「それまで!!!技あり!」
わあわあと、観客からさまざまな声が上がっている。勝負は決し、優勝は大食一族、と朗々とした宣言がなされた。楽紗と六兵衛がやったやったと喜び、肩を組んだり手を合わせたりしている。二人の笑顔に、ほっと気が緩む。
けれど。
膝をついた大将の前で立ち尽くす、我らが功労者の表情は、見えないままだった。

***

さあ、この中から好きなものを五つ、と、目の前に並べられた武器や名品の中に、青く輝く拳爪がひとつ。文太はそれに迷うことなく手を伸ばした。当主様の意見を聞けぇ!という楽紗の声に、いいよと返して、めぼしいものに、改めて手を伸ばす。

そこで、視界が暗転した。
最後に薄っすら見えた文太の表情は。
やはり、いつもと変わっていなかった。