大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

光年先の未来②

長く悩んだ。長く、長く悩んでいた。だから、話は長くなる、と思っていた。
けれど、楽紗が交神に赴くこと、そしてそれは彼女から持ちかけられた話であったこと、ねえさまの血を確実に継いでいきたいと思っていること。その三つが家族に受け入れられるのはあっという間で、皆が一様に「当主様と楽紗が決めたことなら」と、反論もなく納得してくれた。


朝から太陽は容赦なく照りつけていて、障子の隙間から差し込む日差しが畳をじりじりと焼いている。風がある分暑さは少しましで、庭木に撒かれた水の匂いが柔らかく抜けていく。その香りとともに、夏野菜のおひたしを口に運んだ。
よく浸った、じゅわっとした口当たりの赤茄子を咀嚼しながら、家族の顔を見渡す。幾分すっきりした顔をしている楽紗と、安心したように決まってよかった、二人が笑っててよかった、としきりに繰り返す息子。間にいる文太はひたすら黙々と塩茹でされた豆を頬張っていて、むぎ姉さまはただゆっくりと、汁物を啜っていた。
なにか言わなければと思ったけれど、そうしている間にイツ花の声が降ってきた。交神となりますと、猶予があまりないンです、と申し訳無さそうに頭を下げる彼女に、こちらこそごめんなさいと頭を下げかえし、全員が朝ごはんを食べ終わり次第交神へ、という話が、ほんとうに、あっという間に取り纏まった。
慌ただしく全員でご飯をかき込み、そのあと交神の準備にとりかかっていく楽紗を見送りながら、空の皿を、台所に下げる。

胃に詰め込めたはずのおひたしが、どうしても入りきらなかった。

***

楽紗を交神へ送り出してから戻ってくるまで、その違和感は体に残り続けた。
食欲が、ゆっくりと体から抜けていくような感覚。目の前で家族は大汗をかきながら、鷹の爪が効いたきんぴらを食べているのに、まるで蓋をしたように、全く汗が滲まない。
しかしその他のことは何も変わらない。眠り、起き、買い物に行って帰ってくる。変わらないからこそ、忍び寄るそれが、なんなのかがはっきりと、見えていた。

月が変われば、一歳と六ヶ月。
それは、ねえさまの様子が、はっきりと変わった月齢だ。

来たばかりの息子に訓練をつけるために、ねえさまたちを送り出したあの日が、まぶたの後ろで蘇る。漢方を飲んで、へいきと笑うねえさまの笑顔。いってらっしゃい、と言うことしか出来なかった自分。花の香りがあちこちからしていて、見上げてくる息子の手を握り締めた、あのときのこと。
楽紗が帰ってくる。もう、八月が来る。
夏が終わる。窓の外で鳴く蝉も、最後の盛りのように声を上げている。

「ねぇみんな、八月は、選考試合に出よう」
ひっきりなしに鳴く蝉の声に乗せて、皆の顔を見回して言う。それは藪から棒、の一言だったけれど、息子ははい、と返事を上げ、文太は一つ頷いた。むぎ姉様の方を伺えば、真っ直ぐな瞳が、こちらを捉えていた。
どきり、と心臓が跳ねる。
「どうして?」
それは、むぎ姉様の、いつも通りの声だった。けれど、なぜか喉の奥が張り付いて、うまく声が出せない。一瞬、不自然な間があいた。
「…………賞品、いいのが出るって話。だからでしょ」
その間を縫うように、文太がぼそり、と口を開いた。声は静寂に取り残されたけれど、言葉を発した本人といえば、全く気にせず塩茹で豆を頬張っている。
「そ、そう。そうなの。それに、悲願達成まではもうすぐだから!長らく出てない選考試合だもの。帝に挨拶しておくのも、必要かと思って」
同意するように出した声は、なんだか上擦ってうまく言葉になっていない気がした。それでも、納得したのかむぎ姉様は頷き、一つ息を吐いてお茶を啜った。数瞬のあと、ちゃぶ台に戻された湯飲みが、ことん、と音を立てた。
「なら、留守役はわたしがやるわ。一番年長だし。地獄で経験を積むならまだしも、対人で後れを取るようなあんたたちじゃないでしょ」
言い切って笑うむぎ姉さま。にっ、としたその顔は、全くいつも通りに見えた。
「よっしゃ!決まりですね!!」
相変わらず表情を変えない文太の横で、六兵衛が嬉しそうに声を上げる。しかし六兵衛の前に盛られていたはずの塩茹で豆はいつのまにか空になっていた。どうやら今日の豆は、塩加減が絶妙だったらしく、それに気付いているのかいないのか、六兵衛本人はにこにこときんぴらをつまんでいる。細かいことを気にしない癖に、よく面目ない、と謝る息子の表情は、いつか見た父の笑顔に、よく似ている気がした。
予定取りに悩んでいた先月までとは打って変わって、楽紗が戻ってくる前に話はまとまり、つつがなく全員が食事を終えていく。

まだ、もう少し、悟られてはいけない、と。
箸を握りしめながら、そう、思った。