大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

日録、初日

月明かりが差し込んでいる。けれど、文字を書くには足りなかった。仕方なく、小さくなった蝋燭に火をつけて、これを書いている。明日は日中に書こうか。けれど、あまり書いているところを見られたくない、と思う。明日のことは、明日決めよう。まだ、それくらいの時間はあると思う。


襖一枚向こうで寝ている、むぎの寝息がちいさく聞こえている。時々高くぴぃ、と音がしていて、鼻が詰まっているのだろうか、鳥の鳴き声のようで少しおかしい。ついさっきまで、寝ないとだめだからね、食べないとだめだからね、明日も一緒にごはんだからね、と念を押され続けていたのだけれど。
さて、何から書こうか、と思いながら、筆を走らせている。色々と考えたけれど、結局、感情のまま色々と書いていくことにした。とりとめもないし、まとまりもない。それでいい。誰に見られるわけでもないのだから。
イツ花に、父がどんな風に記録をつけていたかを聞いた。記録をつけるとき、大抵は当主の部屋に篭りきりで、就任したばかりのころは、お茶を運んでも難しい顔をしているだけだったそうだ。言葉も少なく、きりえ姉さんやもみじ兄様ともあまり話をしていなかった、と言っていた。食事は一緒に摂っていたそうだけれど。
討伐に呪い装備を持っていった話は、討伐記録を読んで知っていたけれど驚いた。あまり話をしない相手に、当主だからと命令されたきりえ姉さんはどんな気持ちだったのだろう。苦しくはなかったのだろうか。
そのままイツ花はいろいろなことを教えてくれたが、父がわたしを授かるまえ、記録にあった「敗走」のことは、やはりあまり口にしたくないようだった。明るい彼女の表情がわかりやすく翳ったことが申し訳なく、いいよ、ありがとうと話を終わらせようとしたけれど、イツ花はあとひとつだけ、と前置きをして、敗走後の父はよく家族と話をするようになったと教えてくれた。
当たり前だけれど、わたしが知っている父は、そこからのはずなのに。家族と話をしていなかったという父の姿のほうが、よほど記憶の中の父と符号する。なぜかと思ったけれど、考えなくても答えは明らかで、わたしが父とさほど話をしていないから、という、ただそれだけに尽きる気がする。記憶の中の父はいつもまっすぐに前だけを向いていたし、口数が多いと感じたことは全くなかった。親子の会話、というものはあっただろうか。きりえ姉さんとむぎは、食事をかこむ度に明るく笑い合っていた気がする。もみじ兄様は、言葉をかけるときに分かりやすく表情が和らいでいた。父が汁物を好んだというのも、イツ花に聞いて初めて知ったことだった。
父が最期に呼んだ名前は小町のものだった。記録をみていれば父が悲願達成にどれだけの思いをこめていたかは明白だったから、素養の足りない自分に比べ、より長く生きられる、そして強い末妹に当主を譲るのは当たり前だろう。そう、ずっと思っている。本心だ。けれど今になって、なら父にとってのわたしは一体、何だったんだろうかという疑問が、えんえん頭の中に浮かんで、いけない。やっぱり、わたしがなんのためにここにいるのか、という疑問は、父にしか答えられない気がする。ただもう、聞くことはできないのだけれど。
胃の腑がすこし痛み始めた。考えると、いつもこうなる。結局堂々巡りだけど、それでも書いていけば何か、見つかるかもしれない。父のせいにしたいわけではなく、当然妹たちにも、その気持ちは知られるべきではない。
娘は、もしかしたら知ったところで気にしないかもしれない。わたしには似ていない笑顔は、とても頼もしく、たまらなくいとおしい。娘への訓練中、あまりうまく指導できないわたしに、細かいことを気にしてはいけない、と大口を開けて笑っていた様子を、今なんとなく、思い出した。
きちんと、気持ちを整理しなくては、と思う。そのために書き始めたのだから。
明日はむぎとごはんを食べる約束をしたから、すこしなりと口に入れるべきだろう。眠れる気はしないけれど、横になろう。