大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

男の記憶②

 

目を覚ましても、現実と夢が混濁することが明らかに増えた。

家族が帰ってきている夢。一緒に食事を摂る夢。そこには父や姉もいて、娘や妹たちが菓子を取り合っている。買ってきてもらったの、と菓子包を抱きしめる夢の頭を、笑って撫でる父。穏やかな笑顔を見て、ああこの人はこんな顔も出来たのかとぼんやり思い、手元の椀を傾けて、汁を啜ったところで目が覚めた。天井はぐにゃぐにゃと歪み、あいも変わらず息がうまく吸えない。眼球だけを動かし、障子の向こうで燦々と照る太陽を見る。花が咲く季節だというのに、体は芯から冷え切っていた。そうしてまた、目を閉じる。滑り落ちるように、意識が沈んでいく。

目の前に鬼がいる。骨の大蛇がこちらを睨んでいる。自分は動けない。きりえの悲鳴、もみじの咆哮、肉体を裂く強烈な痛み。バラバラになる四肢を上から眺め、ああ死んだのかと思ったところで目が覚める。

そんなことを、もう何日も繰り返していた。

イツ花は、本当に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。訓練の内容を伝えると、小町もそれをしっかりと受け入れていたようで、日に日に逞しくなる顔つきに、いよいよ自分が最期であるということを突きつけられる気がした。成長を喜ぶべきであるのに、胸に走る痛みと、呼吸ができない苦しさ、食べたものを嚥下できない不快感と嘔吐感に、全てが塗り潰されていく。

こぽっ、と、胃の中がまたひっくり返る。枕元の桶に胃液すら吐ききったあと、そのまま体を支えることができず、ずるりと布団に伏せる。

家族が帰ってくるまで、生きておきたかった、と。

そう思った。

***

 

自分が呻く声を、どこか違うところで聞いている感覚があった。だめだよ、まだ来ては。君はこちらに来られる力がある。でも、君にはまだ、やるべきことがあるから。大丈夫、もうすこし。さぁ。水を風が渡る音が聞こえた。何も、見えなかった。

 

***

 

もう何日も眠っていた気がする。起きているはずだが、何の声も聞こえない。自分の目が開いているのか、閉じているのかわからない。呼吸はできているのか、それとも止まっているのか。自分の咳き込む音が、またどこか遠くて聞こえた気がして、それに引っ張られるように光を感じた。そこに、イツ花の声が重なる。しかし当主様、と呼ばれたあとは、ほとんど聞き取れなかった。ぼんやりと、小町の影が見える。

ああ、駄目だ。

滑り落ちていく。

体には、もうどこにも力が入らない。せめて指輪を託さなければと思うのに、指先ひとつ満足に動かず、硬直してしまったかのように固まっていた。

息を吸い込んだとき、大きな影が、手を握った。それだけ、辛うじて、わかった。

光に、鮮やかな赤が混ざる。

 

ああ、小町、すまない。

指輪を取ってくれ。かつて、自分がそうしたように。

待てなくて、すまないと、みんなに伝えてくれ。

声を出したつもりだった。つよく、手を握られたような気がした。自分の体が、布団の上にないような感覚。目を開いているはずなのに、見えるのは赤い影と、太陽の光だ。もはや、なにも確かなことはなかった。

痛みで息を吐き出しきれない。もう一度、息を吸って、なんとか絞り出す。

これが最期。

最期だ。

「……小町、覚えて、おきなさい。皆にも、伝えて、くれ」

進んだ先にしか、道はない。その道は、どこを選んでも、正しい。死神がはっきりと見えたあの時でさえ、道は前にしかなかった。

「……後退っても、道はない。全員で…まえ、に」

掴んだ手が、指輪を抜き取っていったのが、はっきりとわかった。安堵の息を、ゆっくりと吐く。

 

吐ききっても、もう、痛みはなかった。