大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

当主のままで③

雪が舞っていた。

 

拳に纏った炎に、常のような勢いがない。敵を屠るたびに大きく上がるはずの炎は、目の前で小さく萎んでいった。ひたちが薙刀を振るうときも同様で、どうにも炎による攻撃は通りにくいようだった。迷宮の特徴だろうか、それとも天候だろうか。過去の討伐記録を見るに、恐らくは後者だろう。

奇妙な動物型の鬼を下し、道を塞いでいた像を消し、最奥までの道を開く。

至極、順調な討伐。

しかし、最後まで、形に残るものを手に入れることは、出来なかった。

飯は結局、殆ど喉を通らないままで。

皆に帰京を伝えた声は、掠れてうまく出てこなかった。

雪が、舞っていた。

 

****

 

お帰りなさいませ、と言うイツ花に、少し休ませてくれと伝えたあと、湯にも入らずに布団に潜り込む。頭の中がひどく疲れていた。漢方は既に飲みきっていたが、もはやそれを飲んだところで、一体何になるだろうという気もしていた。薄闇がどんどんと濃くなっていく。灯を入れようにも、一度横たえた体を起こすことは出来なかった。

夢うつつに、家族が話している声が聞こえている。ひたちの声、娘の声、錦の声、もみじはいるのだろうか。きっといるだろう。話している場に自分も行きたいのに、指先を動かすことさえ、怠くて仕方がなかった。そこにイツ花の声が重なり、皆の声が一層遠くなる。ぽっかり空いた沈黙の穴を埋めるように、兄の声、姉の声、母の声が、違う何処かで響いていた。皆が戦っている姿が見え、それが滑り落ちるように消えて。

「当主様」

低く、よく通る声。

薄く目を開ければ、燦々と差し込む太陽が部屋を照らしていた。

 

「すまない、寝ていた」

「いえ。次の討伐の指示を頂ければと」

「あぁ…」

体を起こそうとして、腹や腕に力が入らない。一つため息を吐いて、薄く目を閉じた。瞼の裏に焼き付いた家族の顔を見つめて、目を開く。

「先月開いた道の先に…迷宮の、大将がいるはずだ。術の巻物も、見えていた」

あれを持ち帰れていれば。そして、自分の体が動けば、今月は違う迷宮へ向かうはずだった。あの、紅蓮の祠の奥。あそこに向かえば、きっと一族の力は大きく増すだろう。しかし、自分の体は動きそうにない。もみじは今月初陣だ。あの、炎の迷宮に向かわせるのは、あまりにも危険が大きい。雪が屋根から落ちた音がした。遠くで子どもが泣いている。自分が動けていれば。自分が討伐に出られればあるいは。だめだ、ああ、見届けろと言われたのに。皆、生きて帰ってきて欲しい。自分はけれどきっとこのまま、きっと起き上がることも出来ずに死ぬ。そうなったら、当主を任せるのはきっとこの、目の前の、兄によく似た。兄とは違う金の目がこちらを覗き込んでいる。色々な考えが頭の中で一気に噴き出し、まるで纏まることなく、だらだらと溢れていった。

「相翼院へ」

一体自分はどこまで喋ったのか、それすらわからなかった。ただ、最後に呟いたそれだけが、耳の奥へ返ってきて。

「かしこまりました」

短い返答が、自分の声に重なった。

 

いつのまにか錦は部屋から姿を消していた。なんの声も、音も、聞こえない。枕元に粥が置かれていたけれど、目を閉じ、次に目を開けたときにはすっかり冷えていた。イツ花の、少しだけでも召し上がってください、という声に、頷くだけ頷いて、再び目を閉じる。不毛な繰り返しに、イツ花を付き合わせてしまうことが、ただただ申し訳なかった。

炉が爆ぜる。暗闇のなかで、どこかで聞いた声が、繰り返し繰り返し、響いていた。

 

まっ、そのうち、いいことあるわよ。

いいことなかった?まぁ、そんなもんかもね。

でもこっから見てるぶんには、頑張ってたように見えるけど。

 

目を開く。

当然のようにそこは、いつもの部屋だった。

幻聴だろうか。どころか、ただの願望かもしれなかった。いや、そうに違いない。けれど、心のどこかで、そのときはっきりと思った。

天上からなら、皆を見守ってやれるのか、と。

「討伐隊のご帰還です!!!戦果は…!」

イツ花が、大きな声を上げた。襖が、それよりも大きな音を立てて開き、武器も防具もそのままに、家族たちが帰ってきた。

「ご、ごとうしゅ、まにあった、ごとうしゅ……!」

ひたちが、きりえの手を取ってくれている。二人とも泣いていた。その後ろで、もみじが唇を噛み締めている。眉根に皺を寄せ、母の肩に手を置いていた。ただ一人、錦だけが、一月前と同じ表情をしていて、傍で、あのときと同じように、こちらを覗き込んでいる。

「戦果は上々です。目的のものも、手に入れました」

「に、しき」

もはや、動いていたのは口だけかもしれない。声が出たかどうか、わからない。錦の手が伸び、指からするりと当主の指輪が抜けたのが分かった。彼の後ろから、困惑の声が上がる。なぜ、どうしてあなたが、と言う家族たちへ、視線を向けた。

いいんだ。

ありがとう。

首を振る。口を動かす。声が出ない。

きりえが、僕のことを呼んでいる。近くへ来て、口元に耳を寄せてくれた。すまない、と思った。

 

どこにいても、いつだって。

きみたちのことを、想っている。

 

願わくばそれが、真になりますようと。

心の底から願いながら、目を閉じた。

 

頑張ったんじゃないの、と。

またどこかで、声が聞こえた気がした。