大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

1019年のお正月

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「父さま、すごい雪」

「父上、薯芋花の耳が真っ赤だわ」

「父さん、姉さんの頬も真っ赤で痛そう」

縁側に、膝立ちで並んだ三つの背中が、外に積もった雪を見ながら口々に訴えてきた。羽織も着ずにああして並んで、もうどのくらいになるだろう。木や屋根から落ちる雪を見てはおお、と声が上がり、冬毛で丸くなった雀を見つけては、姉妹ではしゃぐ声が聞こえる。

明朝から降り始めた牡丹雪は昼過ぎになっても止まず、音を吸って深深と積もっている。朝はまだ、橋向の家のこどもらが雪で遊ぶ様子が見えていたけれど、今は誰もいない。

「そりゃ、そこでずっとそうしてたら、耳も頬も真っ赤になるさ。そろそろこっちにきて火に当たりなさい」

囲炉裏からそう声を掛ければ、三人ともがはぁい、と答えを返す。しかし実際に立ち上がったのは麺太だけで、姉妹は庭にいる鳥に夢中になっている。鶲だろうか、雪をついばんで飛び立つのが見え、茶色がかった羽毛が白い雪にはらりと落ちた。

「皆さん、お雑煮が炊けましたヨ!」

そんな二人も、イツ花の声が響いた途端、跳ねるように立ち上がった。麺太の顔も綻び、寒さで縮んでいた背中が伸びる。お雑煮!餅!と跳ね回る薯芋花と米子、次いで麺太がゆっくりと炉端へやってきた。見れば皆、鼻の頭が寒さで真っ赤になっている。

一息吐いて、座布団を火の側に寄せた。

 

「漢さま、一年の計は元旦にあり、と言いますし、お雑煮を召し上がりながら、これからの予定を立てるのはいかがでしょう?」

召し上がりながらと言われて手元を見ると、自分の木椀はすでに空になりかけていた。おかわりもあります、というイツ花の申し出を、少し考えて断る。イツ花もよそっておいで、と言ったあと、自分より早く、あっという間に椀を空にした三人のきょうだいに向いて、口を開いた。

「米子、麺太、薯芋花。いまから父さんが言うことを、ちゃんと覚えておきなさい」

声の調子を少し落として発した言葉。三人は崩した膝を整えて、背筋を伸ばした。薯芋花の顔には緊張が走り、麺太は心配そうに眉尻を下げた。米子は、まっすぐにこちらを見ている」

「どんなときも、食べることの大事さを忘れないで。食べるものが、自分の源。君たちの名前にも、その願いが込められてるんだ。父さんは、きっと」

一呼吸置いた。やめて、という顔をしている薯芋花の表情が痛々しい。けれど、きちんと伝えておかなければならなかった。米子も、そして麺太も、しっかりとこちらを見据えている。

「きっと、そう長く持つわけではないから」

見る間に、薯芋花の瞳から雫が溢れる。それでも、即座にそれを拭い、唇を引き結んだ。強い子だ。自分の命が持たないのが、心底申し訳なかった。

「君たちなら大丈夫。だから、父さんの言ったことを忘れないでな」

頷く薯芋花と麺太。米子がいちど、ぐっと手のひらを握りしめ、そして解いたのが見えた。大丈夫よ!と言うその声は、震えていた。

「大丈夫よ、父上!私がいるもの」

米子は胸を張る。震えているのは声だけではなかったけれど、しっかりと声に出して、大丈夫、大丈夫と繰り返す。自分に言い聞かせるように、家族みんなに伝わるように。

「今月行くのは、相翼院にしましょうよ。あそこの敵には薙刀がよく効いたわ。今ならきっともう少し奥まで探索できるでしょうし薯芋花の記念すべき初陣だもの、父上も行くでしょう?」

「そうだ、相翼院にはまだ巻物もあるし、大きな建物はまだ探索出来てない。父上がいれば、あの赤髪の鬼だって敵じゃない筈だ。薯芋花だって強くなれる。首尾よく巻物が取れれば、きっとこの先の探索に役立つ。あの河童の敵なら、初陣の薯芋花でも大丈夫だ」

自分の返答を待たずして、米子の言葉を麺太が継ぐ。腹に力を入れるためなのか、米子と同じように、ぐっと胸を張って。見れば薯芋花も真似て、同じように胸を張っている。

ああ、なんて、頼りになる子達だろう。

「そうだね、そうしよう。それがいい」

声を震わせたのは自分の方だった。それでも、娘や息子たちと同じように胸を張って、笑顔を作る。大丈夫、大丈夫と唱えながら。

「さぁ、イツ花が雑煮をよそいにいってるから、おかわりするなら今だぞ」

三人は顔を見合わせて、ほぼ同時に立ち上がる。イツ花、イツ花さん、おかわりください!という元気な声を響かせながら、竃の方へ向かう背中を見送った。

その背中に、つい先程まで雪を見ていた背中が重なる。膝立ちになって、雪を眺める無邪気な背中。年相応に幼い顔付き。あの子たちに戦う術を教える自分。それでもそれは、生きて欲しいと願えばこそ。

ぐ、と膝に力を込めて立ち上がる。

 

「イツ花、わたしもやっぱりおかわりを貰うよ」

 

雪は、いつのまにか止んでいた。

 

お父上の一人称「わたし」やったんやなって