大食一族 久遠の詩

俺屍リメイクをプレイします

米子、麺太、土産話をする

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「父上、ごめんなさい。指南書を手に入れることができなかったの。持っているのと同じ鬼はいたの、たくさんいたのよ。それに、迷宮の奥にも足を進めて、そうだわ真っ赤な髪の、大きな鬼がいて、そう、相翼院にもいたあの、あの鬼が強かったのよ。焔の術を使ってくるやつを引き連れていて、わたしも麺太も本当にあぶなかったのだけれど、それでも、麺太が秘薬を使ってくれて、わたしもなんとか持ち直したの。それに、指南書を持ってる敵は物凄くしぶとくて、薙刀の手応えが全然違っていて、でもそれで麺太が、焔の術がきくことを突き止めたの!でも、指南書は手に入らなくて、それでも二人で赤玉の術を使って、なんとかやっつけたその鬼が持ってたのがこの術の巻物ね、それとそのあとに風車を持っている鬼がいて、その鬼の首に、相翼院で父上が見つけた、朱の首輪を付けられていたのが見えたの!売れば大きなお金にもなるし、神さまを解放することも良いことでしょうし、絶対にこれは持って帰らないとと思ったの。大将はあの焔の術に弱い鬼だったのだけど、倒せるか本当は不安で、でも麺太と二人で二ツ扇の術を使って、なんとか倒して、それで、それで」

「俺も姉さんも、いっぱいいっぱいだったんだ。目の前に鬼がたくさんいて、まずどうすればいいのかわからなかった。俺は術がどれで指南書がどれかも分からなかった。姉さんはあれだ、あいつだ、あそこにいる、って前に立って先導してくれた。でも、うまく仕留められなかったし、俺は後ろにいるやつも狙えるのに、狙ったところでどうにもならなかったんだ。弓を引く手ばかり震えて。でも気は逸ってしまって」

「父上のようには、全然いかなかったの」

「父さんのようには、全然いかなかったよ」

 

最後は二人、異口同音。そして互いに顔を見合わせて、揃ってこうべを垂れた。戦装束から着替えもせず、屋敷に着くや否や一気呵成に、文字通り淀みなく語られた迷宮探索の成果と、実際に二人が持ち帰った物品を見て、薯芋花が目を丸くしている。術の巻物が気になるのか、そわそわと座り悪く落ち着きがなかった。三月前、来たばかりの時に麺太が、同じ様に目を丸くしていたことを思い出す。二人のその表情がとても似ていることが、何故だか嬉しかった。

思えば、たった三月前だ。それがいまや自分より大きくなった息子。そしてたった半年前、 じぶんの後ろに隠れるようにしていた娘。

「米子、麺太」

一息おいて、二人の名を呼んだ。決して、威圧的にならないように。決して、怯えさせることがないように。

「よく、よくこれだけのものを持ち帰ってきた。父さんは、おまえたちを誇りに思うよ。何より、本当に、おまえたちが無事でよかった。本当に、本当によかった」

事実、二人が持ち帰って戦果は上々のものだった。術など四本もある。槌が二本、一本は置いておくとしても、残り一本は売れば大金になるし、神様まで解放してのけた。そしてさらに、二人が無事であった。

これ以上、本当に何を望むことがあるだろうか。

「だから、顔を上げなさい」

庭の落ち葉が踏みしめられる音を聞いた時の安堵感。父上、父さんと自分を呼ぶ二人の声にイツ花の声が重なり、薯芋花はぴょんと跳ねて姉たちの帰還を喜んだ。二人の顔がゆっくりと上がる。髪や頬が黒く汚れているのは、きっと焔の術によるものだろう。

「一度湯に浸かって、さっぱりしておいで。着替えて、そうしたら」

ぐぅ、と低い音が響いた。間違いなく腹の虫が鳴いた後で、見れば、麺太が煤けた顔を紅潮させて、唇を結んでいる。米子の目尻が下がり、薯芋花は首を傾げている。張っていた雰囲気が、すこし緩んだ気がした。

「そうしたら、すぐに飯にしよう」

さぁ行っておいでと促せば、二人はすぐにそれに応える。私が先、いいや俺が先だと言い合いながら風呂に向かう後ろ姿を見て、ようやく胸の中で張り詰めていたものが、緩んだ気がした。

「父上、あのね!!!」

刹那、米子がくるりと振り返ってこちらへ叫ぶ。

「ひとつだけ、父上と同じようにできたことがあるの!」

見れば装束は脱ぎかけ、髪もばさりと解かれている。あとで聞こうかと声を掛ける前に、米子は続けて叫んだ。

「二人で、手を繋いで帰ってきたの。父上がわたしにしてくださったように!」

それだけ!!と言い残して、米子は襖の向こうに消えていった。

秋の日は短く、既に屋敷は夕闇のなかに包まれようとしている。ついこの間まで暑さに茹っていたのが嘘のようで、縁側は寒風の通り道だ。

「春になったら」

隣にいる薯芋花を一つ撫でて、外を見やる。

「桜の下で、みんなで飯を食おうな。大きな握り飯でも持ってさ」

はい!と、鈴が転がるような声の返事を聞きながら。

「まずは、今晩の飯だ」

どうかそれまでは、と。

目を閉じて、願った。